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ケージ「ソング・ブックス」リアリゼーション2

 録音した私の「分身」の演奏に重ねて「声のためのソロ13、27、32、52、60、77、90」をライヴで演奏した。
 
 「声のためのソロ13、60」は同種の作曲法が用いられている。どちらも、音部記号のない五線譜に様々な大きさの符頭が描かれその上にスラーのような形の記号が配置されてる。符頭の大きさは音の長さ、または強さと(あるいはその両者と)比例する。音高は通常の楽譜のように読むのだが(演奏者が自由な音部記号を選択する)、その演奏方法は通常の楽譜の読み方と全く異なっている。上に配置されているスラー状の記号との位置関係によって、その音の始めにそのピッチを演奏するのか、どこかの一瞬でそのピッチを演奏するのか、音を切る直前にそのピッチを演奏するのか、ということが指定されるのであるが、逆に言うとその一瞬以外は自由なピッチで演奏できる、ということになる。歌詞とメロディー・ラインとの関係は演奏者に一任されているが、ピッチに関する自由度が高すぎて逆に演奏しずらいので、どのようなメロディー・ラインで演奏するかを事前に楽譜に曲線で大まかにメモをした。さらに楽譜のどのページを演奏し(これらの作品の任意の部分のみを選択して演奏しても良い指定がある)、1段を何秒で演奏するかを決定し、テンポを管理しやすいように細かく時間の目盛を書き入れた。いくつかの部分でノイズ的な音響を発する指定があるのでそこで補助的な楽器を使う事にし、楽器を選定した。譜面には具体的な指定がないのだが、様々な唱法を使って声の多様性を表現する事も求められているが、これに関しては事前に演奏法を決めた少数の例外をのぞいてステージ上で即興的に対応する事とした。さまざまな言語の様々な文献からテキストがコラージュされ「歌詞」になっているが、中には日本語の「きのこ」や「売り上げ倍増」など思わずギョッとしてしまうような言葉も含まれ、使用した補助楽器のユーモラスな音色の効果も相まって、客席からしばしば笑い声が聞かれた。
 
 この二つの作品は「ソング・ブックス」とは別に作曲された「声のためのソロ1」の作曲法をそのまま借用していて(前述のとおり「声のためのソロ12」は「声のためのソロ1」と全く同一である)その他にもこれらと同系列の作品がいくつもあるのだが、別の作品の作曲法を借用する手法(作品によってはプラスαの要素も加えられる)で作られた作品の系列が他にもいくつかある。
 「0分00秒(1962)」「冬の音楽(1957)」「18回目の春を迎えた陽気な未亡人(1942)」などがそうした作品の引用元として挙げられるが、今回演奏した「声のためのソロ27(チープ・イミテーション第5番)」「声のためのソロ52(アリア第2番)」はその副題が示すとおり「チープ・イミテーション(1969)」「アリア(1958)」の作曲法をそれぞれ借用している。
 「声のためのソロ27」は「チープ・イミテーション」と同様に伝統的な記譜法で作曲されているので、テンポやオクターヴの設定(部分的にオクターヴ変換が可能)以外に何ら特別な準備は必要なかった。
 「声のためのソロ52」は「アリア」と全く同じ記譜法が使われている。その記譜法に従って10通りの唱法を考え、ノイズ部分の音源の選定、演奏テンポの設定を行った。以前「アリア」を演奏した経験を踏まえて様々な決定を行ったが、今回演奏する他の作品と「ネタ」が重複しないように留意した。
 こうした作品のことを考えると「ソング・ブックス」は単に声のための作品集というだけでなく、ケージのそれまで試みた多くの作曲法、記譜法のコレクションとして捉える事もできることが分かる。
 
 「声のためのソロ90」は超高音域と超低音域の頻繁な交替だけで構成された異色の作品だ。歌詞は様々な星座の名前の集積だが、全ての音がスタッカートもしくは極めて短い音価で演奏されるので、これらの言葉をほとんど聴き取る事は当然不可能である。マイクで声を増幅する指定があるが、そうすることによってこうした極端な音響の過激さがより強調される事になる。図形楽譜で記譜されているが音楽を視覚的に移し替えた素直な記譜なのでテンポの設定以外、特別な準備は必要なかった。
 
 「声のためのソロ77」は歌手の行う演劇的なアクションを不確定的に記譜した独特の作品である。この作品においてアクションは様々なフォント、サイズの数字とプラス、マイナスなどの符号のみで記譜されていて、それぞれの数字や符号は演奏者が決めたアクションやその変化のさせ方に対応するように意図されている。どのようなアクションを選択するかは演奏者に完全に委ねられていて、それが音楽的なものである必要すらないのだが、今回の演奏では敢えて音を発するようなアクションを中心に採用してみた(椅子の立ち座り、ラジオの使用、足踏み、手を振り回す、ケージの著書「サイレンス」の朗読、ホーミーなどの特殊唱法 etc.)。
 
 以上のように、一つの演奏用ヴァージョンを構成するために様々な準備をして演奏会本番に臨んだ訳だが、いくつかのハプニングが生じた。
 予算の都合で、録音音源を再生するのに会場備え付けのスピーカーで妥協せざるを得ず、そもそも上質の機材は決して期待していなかったのだが、実物をチェックしてみるとその予想をはるかに下回る非常にチープな代物だといいうことが判明した。雨音の録音が単なるノイズにしか聞こえないような劣悪な音響状況で再生をしなければならなかったが、そのローファイ感覚が逆に面白かったとも解釈できる。
 もう一つのハプニングは演奏の最後に起きた。
 事前に決めた演奏時間を有効に利用できるように生演奏の「曲順」などのプランを考えていたのだが、実際にやってみると私が予想していたのよりも5分ほど短く演奏が終わってしまった。録音音源は途中で再生を止める訳にもいかないし、大井氏も当然演奏を続けているのだが、ボーッとしているのも(ケージはそのような「空白」も許容はしているのであるが)つまらないので、その場の思いつきでもう一つの作品を演奏する事に決めた。それは「声のためのソロ32」であるが、普通にステージから退場し少し間を置いて急いでステージに戻る、というアクションのみの作品である。演奏が終わって退場したのかと思いきや、急いでステージに戻ってきた私の行動がお客さんの笑いを引き起こしたが、私の予想外の行動に大井氏がびっくりして演奏をやめ楽器の蓋を閉めてしまったのだ。結果的に録音音源だけがかなり長い時間再生されるだけのエンディングになってしまったが、これもケージ的であると言えるかもしれない。

 ちなみに今回の演奏は、とある業者の方に非常に高音質に録音して頂いたのだが、上述の通り録音音源との音質、音量のバランスがやはり気になったので、最近、力技でこの録音音源のマスターをそのライヴ録音にミックスしてみた。タイミングや定位など不自然にならないか気になったが、そうならなかったばかりか、私が当初イメージしていた音像に極めて近くなり、私の目論んでいたリアリゼーションが「録音上」で完全なものになった。。

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