モロッコはアフリカの西北、スペインの真下に位置する国であるが、この国の音楽を聴くことによって、音楽に魔術的要素が存在していることを改めて感じずにはいられない。
私がはじめてモロッコ音楽を聴いたのはオーネット・コールマン70年代の名作「DANCING IN YOUR HEAD」においてである。このアルバムに収録されたMidnight Sunriseという曲でオーネットがモロッコに赴きジャジューカという村の音楽家たちと共演しているのだが、オーネットはジャジューカの音楽家たちについて次のように語っている。
これは、人類の音楽だ。これは、生命の状態を伝えているのであって、女に逃げられたとか、戻って来てくれとか、おまえなしに過ごす夜は耐えられないといったようなこととは関係がない。全く違う。はるかに深い音楽なのだ。
<裸のランチ/オリジナル・サウンド・トラック盤(ビクター)の解説より引用>
ジャジューカの音楽の構造は極めてシンプルである。使われている楽器はライタ(ガイタ)というリード楽器、フルート、タイコ系の打楽器、手拍子、声などである。多数のライタやフルートがユニゾンで呪文のように延々と繰り返すフレーズや打楽器の合奏が生み出す反復するリズムなどが音楽の特徴として挙げられるが、このような単純な構造の音楽がどんな複雑に構成された音楽よりも、より深く人間の心理状態に影響を及ぼすことは神秘としか言い様がない。同じことの繰り返しが退屈さを生み出すのではなく、覚醒を生み出す恐るべき効果はスティーヴ・ライヒ、フィリップ・グラスらによって西洋音楽に取り入れられてミニマル・ミュージックと呼ばれるようになり、その原理を応用したテクノ・ミュージックなどの普及によって一般にもその心理的効果が知られることとなった。現在ではそのテクノサイドからその音楽のルーツともいえるモロッコ音楽の再評価という現象も起きている。
モロッコ音楽に魅せられたのはオーネットだけではない。ウィリアム・バロウズやローリング・ストーンズのブライアン・ジョーンズといった奇才アーティストもこの音楽に大きな衝撃を受けているし、そのウィリアム・バロウズの代表作「裸のランチ」がクローネンバーグによって映画化された時、そのサントラにオーネット・コールマンの音楽が採用され、先述したジャジューカのミュージシャンとの共演の録音が一部引用されたり、ブライアン・ジョーンズがモロッコに赴いて録音したジャジューカ音楽のアルバムがフィリップ・グラスの運営するレーベルからCD化されるなど、モロッコ音楽を通じた様々なアーティスト間の結びつきにも非常に興味深いものがある。
さあ、この音楽を聴け。
4000年前から伝わる
ロックン・ロール・バンドの音を・・・
からだ全体で聴け。
体中に染み込ませて、動かされてみろ。
すると君は
地球最古の音楽と1つになれるのだ。
(ウィリアム・バロウズ/ブライアン・ガイシン)
<ブライアン・ジョーンズ・プレゼンツ・
ザ・パイプス・オブ・パン・アット・ジャジューカ
(POINT MUSIC)の解説より引用>
ブライアン・ジョーンズによるモロッコ音楽を収録したアルバム「BRIAN JONES PRESENTS THE PIPES OF PAN AT JAJOUKA」はモロッコの音楽を欧米に紹介した最も初期のものであり、その録音は1968年とかなり古いのであるがこのアルバムの輝きはいまだ衰えることを知らない。それは、このアルバム全体を通してかなりどぎついフランジャーがかけられているので、ジャジューカの音楽を忠実かつ客観的に録音したものでは決してないが、逆に、このエフェクト操作がジャジューカの音楽の本質を鋭く突いているとも言えるからだ。
ジャジューカの音楽は「音楽」として純粋に楽しむものではなく儀式のための一つの道具であり、その音楽は儀式の中で一晩中演奏されその儀式に参加するものは皆、一種のトランス状態に陥ってしまう訳で、アルバムという収録時間の限られたフォーマットでこうした音楽の本質を表現するため、録音されたものにエフェクト処理を施すということは非常に効果的であると思うのだ。
確かにこのアルバムを聴いていると、フランジャーで強烈にねじ曲げられたライタの合奏によって旋回するフレーズは激しく脳髄に突き刺さり、それは脊髄に伝わって体の内側から激しく意識を揺さぶっているのがよく分かる。
この音楽は「聴く」音楽ではない。
「体験する」音楽である。
そもそも音楽とはそういうものではないのだろうか?
現代という時代に生きる私達に、この太古から伝わる圧倒的な音楽はそのことを思い出させてくれる。
音楽は魔法なのだ。
ところでブライアン・ジョーンズがジャジューカを訪れた当時7歳であった少年バシール・アッタールは現在、亡父の後を継いでジャジューカのミュージシャンのリーダーとなっているが、彼を中心として1995年に録音されたアルバム「The Master Musicians of Jajouka Featuring Bachir Attar / JAJOUKA BETWEEN THE MOUNTAINS (WOMAD SELECT)」も一聴に値する。
ここではブライアンのアルバムに見られたような強烈なエフェクトはないが、彼らの音楽の持つトリップ感覚がうまく録音に収められていて臨場感も抜群であり、スピーカーからモロッコの土地の香りが滲み出てくるようだ。
しかしモロッコの音楽はジャジューカだけではない。ギニアから連れて来られた奴隷の遠い子孫であるグナワ族の音楽も実に衝撃的なのであるが、この音楽についてはまた次回紹介しよう。


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