ポール・モチアンというと、殆どの人が、スコット・ラファロ在籍時のビル・エヴァンス・トリオのドラマーという経歴がまず頭に浮かぶであろう。あるいはキース・ジャレットのアメリカン・クァルテットや菊地雅章のデザード・ムーンのドラマーとしての活躍を思い出す人もいるかもしれない。
いずれにしても、ピアニストのサイドマンとしての印象の強いポール・モチアンであるが、かなりの数発表されている彼自身のリーダー・アルバムはもっと注目されても良いであろう。
様々な編成でのアルバムを発表しているが、彼の殆どのアルバムにピアニストが登場してこない事は非常に興味深い。ピアニストのサイドマンとしての印象とは別の側面を見せたいという意図があるものと思われるが、このピアニストの不在を補って余りあるのが個性的なギタリストの存在である。
彼の近年の活動で大きな成果を上げているものとして、ジョー・ロヴァーノ(テナー・サックス)、ビル・フリーゼル(ギター)とのトリオや、ジ・エレクトリック・ビバップ・バンド(以下E.B.B.B.)の2つのユニットが挙げられるが、どちらもギタリストが重要な位置を占めている。トリオの方の活動はE.B.B.B.の結成の10年程前の1980年代前半から始まっているのだが、ここでのビル・フリーゼルの浮遊感に満ち溢れた音色と独特な和声感は(ベーシストがいないことも相まって、この浮遊感がさらに強調されている)ポール・モチアン自身にも大きなイマジネーションを与えたとみえ、引き続くプロジェクトのE.B.B.B.で起用された歴代のギタリストには多かれ少なかれビル・フリーゼルの影響が感じられる。
さて、ここでは、現在もコンスタントにアルバムを発表し続けているジ・エレクトリック・ビバップ・バンド(E.B.B.B.)のことについて書いていきたい。
E.B.B.B.はその名の通りエレクトリック楽器でビバップを演奏するというコンセプトで始まったプロジェクトであるが、このバンドの基本的な編成はテナー・サックス×2、エレクトリック・ギター×2、エレクトリック・ベース、ドラムというものである。ビバップというとチャーリー・パーカー(アルト・サックス)、ディジー・ガレスピー(トランペット)、バド・パウエル(ピアノ)といった代表的な演奏家がいる訳であるが、ポール・モチアンは彼らの使っている楽器を敢えて使用せず、アルト+トランペットという定番の2菅の代わりにテナーを2本使い、ピアノの代わりにエレクトリック・ギターを2本使う、という様に典型的なビバップのサウンドを避けるような音色を使っている。こうした所に、ビバップという古典的な形式に敬意を払いつつ過去の単なる焼き直し以上のものを作り出そうとするポール・モチアンのなかなか憎い演出が感じられる。
E.B.B.B.は現在(2002年)に至るまでに6枚のアルバムを発表しているが、メンバーや作風はアルバムごとにどんどん変化していて、最新作のHoliday for Stringsに至っては収録曲のほとんどがモチアンの自作でビバップ臭はほとんど感じられなくなっている。これはこれでなかなか楽しめる1枚ではあるのだが、ここでは本来のこのユニットのコンセプトが徹底し、個性的なメンバーのプレイやアンサンブルも楽しめるアルバムを紹介したい。
それは2〜4枚目のアルバムに当たる以下の3枚である。
Reincarnation of a Love Bird(1994年)
Flight of the Blue Jay(1997年)
Monk and Powell(1999年)
メンバーのオリジナル以外の収録曲を参考までに以下に記しておこう。
Reincarnation of a Love Bird
Half-Nelson(M. Davis)
Ask Me Now(T. Monk)
Reincarnation of a Love Bird(C. Mingus)
Skippy(T. Monk)
2 Bass Hit(D. Gillespie/J. Lewis)
Ornithology(C. Parker/Harris)
'Round Midnight(T. Monk/C. Williams/B. Hanighen)
Be-Bop(D. Gillespie)
(他にメンバーのオリジナル2曲)
Flight of the Blue Jay
Pannonica(T. Monk)
Celia(B. Powel)
Blue Room(Rodgers and Hart)
Milestones(M. Davis)
Light Blue(T. Monk)
Conception(G. Shearing)
Barbados(C. Parker)
Work(T. Monk)
(他にメンバーのオリジナル3曲)
Monk and Powell
We See(T. Monk)
I'll Keep Loving You(B. Powel)
Brillant Corners(T. Monk)
Rootie Tootie(T. Monk)
Blue Pearl(B. Powel)
Boo Boo's Birthday(T. Monk)
Wail(B. Powel)
San Francisco Holiday(T. Monk)
Parisian Thoroughfare(B. Powel)
このようにモンク、パーカー、マイルスなどビバップの時代を生きた偉大なプレイヤーたちの作品がメジャーなものからマニアック(ちなみに上記のマイルスのMilestonesは同名のタイトルのアルバムに収められたよく知られたものではない方のビバップ期の作品)なものまでずらりと並んでいるが、個性的なメンバーの好演によりこれらの古典的な曲が新鮮さと斬新さをもって見事に蘇っている。
ここでこの3枚のアルバムで演奏しているメンバーを紹介したい。
Paul Motian, drums
Don Alias, percussion(Reincarnation of a Love Birdのみ)
Steve Swallow, bass
Kurt Rosenwinkel, guitar
Wolfgang Muthspiel, guitar(Reincarnation of a Love Birdのみ)
Brad Schoeppach, guitar(Flight of the Blue Jayのみ)
Steve Cardenas, guitar(Monk and Powellのみ)
Chris Potter, tenor sax
Chris Cheek, tenor sax
この3作すべてに参加しているメンバーの内、特に、クリス・ポッターとカート・ローゼンウィンケルの二人の(少なくともこのバンドの在籍時は)若手奏者の際立ったプレイがこれらのアルバムの完成度をさらに高める結果となっているが、ベテランのスティーヴ・スワロウの存在はこのバンドのアンサンブルの特異性を際立たせることに大きく寄与している。彼の弾くベース・ライン自体は比較的オーソドックスなものなのだが、オクターヴ上の倍音を異様に強調した彼特有の音色によってこのベース・ラインがギターの音域に重なるように感じられ、ベース・ラインが3人目のギタリストによるカウンター・ラインのように聴こえてくる不思議な効果を生んでいる。そして、ベースというよりは発振音的な減衰の少ない音色が独特のグルーヴを生んでいる事も非常に興味深い。
個人的にはビバップの面白さは各ソロイストの名人芸的なアドリブよりはむしろ、そのアドリブがそれぞれのメンバーに受け渡されることによる生まれるフレーズや音色のカラーリングにあると思うのだが、このE.B.B.B.ではまさにそれが巧みに表現されている。ソロを回す順序、多彩なバッキング(ベースとドラムのみ、ギター1本、ギター2本、ベースのみなど)、曲によっては2〜4人の奏者が同時にソロをとるなど、曲ごとにこうしたアレンジの手法に変化を付けているので、限定された楽器の音色から非常に豊かな色彩の変化が生まれている。テーマのアンサンブルもあるときはユニゾン、あるときはハーモニーなどと変化を付けているのはもちろん、単にユニゾンで演奏するときもオクターヴで重ねる場合にギターとサックスのどちらが上の音域で演奏するかも曲によって異なっているし、2本ずつのギターとサックスも同種の楽器である時はユニゾン、ある時はオクターヴと実に細かいアレンジの検討が行われている。特にMonk and Powellでのモンク作品の Brilliant CornersやRootie Tootieは原曲のテーマ自体も非常に凝っているのだが、このユニットの豊かな創造性がこのような作品の演奏で最大限に発揮されている。
ここまでリーダーであるポール・モチアン自身のドラミングについて一切触れてなかったのだが、当然のことながら彼のドラミングは非常に素晴らしい。トニー・ウィリアムズやエルヴィン・ジョーンズのようなパワフルで派手なプレイは見せないが、もたっとした感覚ながら軽やかなスネアの音色、網の目のように複雑で精緻なシンバル・ワーク、これらの「部品」全体が組合わさって生み出される織物のようなサウンドは「歌心」に満ちている。そして、彼のドラムの奏でる「歌声」にはビル・エヴァンス、キース・ジャレット、チャーリー・ヘイデンらとの共演の思い出がこだましている