2003年6月アーカイブ

今日は午前中と夜に仕事で昼間微妙に時間が合ったのでMATRIX RELOADEDを渋谷のとある映画館で見ました。2回目です。

先日にも書いた通り、この映画は設定というか世界観が少々複雑なので一度見ただけではこの辺の細かいところが完全に理解できなかったのですが、今回は2回目ということもあり前回の疑問点がかなり解消されました。
そういう細部はともかく、やはりこの映画はアクションが見物ですね。
高速道路のシーンなどはそんなことありえないだろ、と言う事が10秒おきに起こって絵に描いたようなピンチがどんどん続いていくのですが、つっこみどころ満載の無茶なアクションでそれをかわしていく様は痛快そのものです。

そして悪役、脇役含めてどのキャラクターもクールです。
三船船長という謎の日本人が一瞬(セリフはたぶんふたことくらい、登場時間はのべ20秒くらい)でてきますが、そういう人ですら「なんじゃそら」という衣装もふくめてインパクト大で一生忘れられません。

キースのスタンダーズ・トリオの最新盤にして結成20周年記念盤。
このトリオに関しては特に近年マンネリだなんだという批判もちらほら聞こえてきますが、そういう人は音楽を表面的なスタイルでしか捉えられてない人だと個人的に思います。

まず、20年間全く同じメンバーで継続するということが驚異的です。これは少しでも自分自身で音楽を演奏した事がある人ならすぐ分かる事です。同じメンバーで数年やっていたら大体行き詰まってしまうものです。

そして、スタンダード作品のみを演奏するという基本コンセプト。
これは一見安易な企画のようですが、このスタイルだけで20年やり通すというのは相当な精神力と音楽的な創造性が必要です。
ピアノ・トリオというありふれた編成で、手垢にまみれたスタンダード曲を演奏し続けようとすると、すぐにゲスト奏者を呼んだり、プログラミングに企画性を持たせるとか、ものすごく独自な解釈で演奏するとかなどといった誘惑がすぐ出てきますが、キースはこのどの罠にも陥っていません。
キースのこのトリオをマンネリだという人は知らず知らずこの辺の罠に陥っている訳です。
どちらかというと、こうした誘惑は、どんどん新譜を買わせようとする「商売上の」戦略に見事にはまっているといえるでしょう。

繰り広げられる演奏はキースの音楽としか言い様のないものオリジナルなものですが、アレンジは独創的であっても決して奇をてらったものではないし、アドリブも原曲のコード進行に極めて忠実なものです。
しかし、キースの弾き出すラインはうねうねと曲がりくねり、フリージャズでしか成し得なかったような自由奔放なメロディーラインをスタンダードのコードに忠実に描き出す、という極めて高度な段階に達しているのです。

この最新作up for itでは「枯葉」「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」などの超有名曲の割合がかなり高いですがそれにも関わらず演奏内容は極めて挑戦的です。
こうした超有名曲を並べてみたこと自体が挑戦的であると言ってもいいかもしれません。
フレーズも前作までと比べて、より濃厚になって来た印象を受けますし、その「濃さ」はピアノから紡ぎ出されるフレーズがトランペットやサックスで奏でられるようにしばしば錯覚してしまうところでも確認できます。

70年台の活動を考えればすぐ分かる通り、彼は「変なこと」をやろうと思えばいつでもできるのです。
でもそうした誘惑を断ち切り、「ごく普通な」ことを非常に高度なレベルで行い、その本質を探ってみると、実はものすごく「変な」ことを行っているのです。

このトリオも遂にフリージャズ的なアプローにも手を染め始めましたが、彼らにとってはむしろこちらの方が楽な筈です。しかし、「フリージャズ」というクリシェと不自由に染まってしまう危険性を感じ取っていた彼らはこうした「持ち駒」を最近まで取っておいたのでしょう。

この偉大なトリオにとってはスタンダードを高度な内容で演奏し続ける、という一見安易なことが実は最も挑戦的なことなんだと思います。
このまま30周年を狙うつもりで頑張って欲しいですね。

シュトックハウゼンの「世界議会」「Michaelion」「Hoch-Zeiten」などの合唱を使用した最新作の初演で大活躍のルペルト・フーバーの指揮する南ドイツ放送ヴォーカル・アンサンブルによる演奏です。この作品は12人の歌手、2台のピアノ、ハルモニウムという独特な編成で作曲されていますが、実に透明で神々しい響きが印象的な名曲です。

この曲にはRIAS室内合唱による名演奏があるのですが、ルペルト・フーバーの演奏もその演奏となかなかいい勝負をしています。
残念なのはハルモニウムの音がミキシングのせいなのか、実際の音量の問題なのか、クリアーに聞こえてこない事と、楽器の状態があまり良くないのか、ところどころピッチが若干はずれていることです。
とはいえ、合唱のアンサンブルのレベルは非常に高いですし、ピアノの演奏も含めてメリハリがよく利いているところがとてもいいです。

DVD見ました。

Matrixの第1作はDVDで何度も見てセリフも覚えそうな勢いの大ファンなのですけど、この作品と現在上映されている第2作Matrix Reloadedをつなぐ役割にあたる作品がこの「アニマトリックス」です。
といってもマトリックス本編との直接のストーリーのつながりはないし、本編だけでもMatrixのストーリーは理解可能なのですが、ご覧になった方はお分かりの通りMatrixの設定って結構ややこしいんですよね。現在生きていると思っている世界は仮想現実で、実際はロボットに作物として育てられてるにすぎない、という基本設定は理解できても細かいところって何度も見ないときちんと理解できないし。
Reloadedではさらにその辺が込み入ってきてもう一度見ないとと思ってるのですが、なかなか時間が取れません。

この「アニマトリックス」はそうした複雑な設定の理解を助けるための作品とも言えます。実際、どのようにMatrixが作られたか、という人類とロボットの闘いの歴史を説明している部分もありますが、この辺のストーリーは本編のストーリーとは別に考えさせるところもあります。

「アニマトリックス」は本編と違って全部アニメなのですが、かなりの割合で日本人のスタッフが起用されていて、アニメの分野での日本の評価の高さがここでも分かります。
そもそもMatrixは「攻殻機動隊」に大きな影響を受けていますしね。

本編ほどの強烈なテンションの高さというのは感じられませんが、Matrixファンの人はやはり見ておくといいのかな、と思います。

ナクソスの日本作曲家シリーズの最新作です。
この人は実力の割にはまとまった作品集がほとんど出ていなかったのですが、お手頃な値段と好感の持てる演奏で嬉しい限りです。
私と同じ姓ですが、ピュイグ・ロジェ、ニコラス・イシャーウッド、シュトックハウゼンといった人たちには彼となにか血縁関係があるのか、と聴かれ、ヨーロッパでの知名度の高さを実感しました。

彼の作風は戦前はフランスの新古典主義、戦後はセリー主義などの前衛的手法に大きく影響を受けましたが常に重要なのが雅楽からの影響です。
単なる東洋趣味に終わらない雅楽の本質を捉えたところから出発した彼の作風はブーレーズの「リチュエル」などにも影響を与えたものと思われます。

演奏は高関健指揮の大阪センチュリー交響楽団、一曲のみ野平一郎のピアノが加わります。

以前「バンド・オフ・ジプシーズ」というタイトルで出ていたライヴ盤の完全版です。
ジミヘンのギターがうまいのは当たり前の事ですが、このライヴで演奏されているほとんどの曲がベースとドラムで演奏されるファンキーな短いリフの繰り返しにギターが延々とソロを繰り広げていくスタイルで、Ash Ra Tempelのファーストアルバムにも通じる呪術的な雰囲気もでていますし、こうした演奏スタイルは70年代のマイルスのバンドのコンセプトにも大きな影響を与えました。

そして、そこで繰り広げられるジミヘンの演奏が非常に創造的です。
複数のエフェクターを効果的に使用する事によって、エレクトリック・ギターのもつ様々な奏法、音色のキャンパスを使い尽くしていますが、その多彩さはシュトックハウゼンの音色操作のコンセプトに繋がるものがあるといっても過言ではありません。
伝統的なギターの発展として演奏している部分から抽象的な電子音を発生させる装置として使用している部分まで、単なるテクニックの見本市ではなく音楽の本質を表現するための手段として必然性を持って演奏しているところにも、彼の音楽の素晴らしさが窺えます。

今日は朝少し仕事があって出かけてきたのですが(また夜に別の仕事があります。。)、駅につく頃になって財布を忘れた事に気が付きました。しかも、家まで戻ると仕事に遅刻しそうです。でも、いつもパスネットとイオカードをポケットに入れていて仕事場と家の往復にはとりあえずは困らないので、そのまま財布を持たず地下鉄に乗り込みました。

東京近郊に住んでる方ならお分かりだと思いますが、とりあえずこの2枚のカードがあれば都内近郊の電車に何も考えずに乗れるので、複雑な路線図で目的地を探しながら切符を買う必要がなくとても便利なのですが、逆に財布を忘れたことに気が付かないまま電車に乗ってしまう可能性もあるということです。
今日の場合はカードの残額が帰りの分もきちんとあったから良かったのですが、もし電車に乗ってから帰りの分の金額が持っているカードに残っていなかったら、かなり大変な事になるので気を付けなくてはなりません。

The Boomの宮沢和史と矢野顕子は結構関係が(あ、もちろん音楽的な関係です。。)深いのです。前のポストでも触れた「二人のハーモニー」以外にも、矢野顕子&The Boomという組み合わせで「それだけでうれしい」や「釣りに行こう」で共演してますし、矢野顕子のアルバムに宮沢和文がコーラスで参加しているものもあります。

そして、しばしば宮沢和文の曲を矢野顕子が自分のアルバムでカバーしています。上に書いた「それだけでうれしい」「釣りに行こう」は自分のアルバム用に新たに録音し直していますし、以前のポストでも触れた「虹がでたなら」や「中央線」「遠い町で」といった実に渋くて味わいの深い曲の弾き語りを聴く事も出来ます。

「てぃんさぐぬ花」や「じんじん」といった沖縄民謡も歌っていますが、これもまちがいなく宮沢和史の沖縄指向の影響でしょう。

ちなみにThe Boomと同じ世代の元ユニコーン奥田民男の名曲「すばらしい日々」もカバーしていますが、ロック色の強い原曲を、全く雰囲気の違うアコースティックで静謐な雰囲気にアレンジしていて、こちらもお勧めです。

The Boomの曲というと「島唄」だけが極端に有名で、その他の曲は熱心なファン以外にはあまり知られていませんが、良い曲がどのアルバムにもぎっしりと詰まっています。

ちなみに、このバンドのヴォーカリストでほとんどの楽曲を提供している宮沢和史は本当に「いいやつ」です。といってももちろん彼と面識がある訳ではありませんが、歌声とか詞とか曲作りなどの至るところに彼の「いいやつ」らしさが溢れています。

さてこの「極東サンバ」というアルバムは、「島唄」の大ヒットのあとにバンドの音楽的な方向性を転換して、ブラジルなどのラテン音楽の要素を全面的に取り入れた始めてのアルバムでホーンセクションや複数のパーカッション奏者がゲスト(というよりは準メンバーと言った方が適切かもしれません)として参加しています。
「サンバ」という言葉をタイトルに使っている割には、いきなりスペイン語のナレーションが入ってきたり、サルサ、ジャズ、レゲエ、ガムラン、演歌(!)など様々な音楽がごった煮状態になっていますが、アルバムの重要な部分では、サンバやボサノヴァなどのブラジル音楽がしっかりと骨組みをつくっていますし、トニーニョ・オルタと共演しているトラックすらあって(ちなみにこのトラックでは矢野顕子も参加しています)、彼らの気合いの程が窺えます。

宮沢和史はこの後、ブラジル音楽へどんどんのめり込んでいき、ブラジル音楽で大きなカリスマ性を持つマルコス・スザーノ全面バックアップによるソロ名義のアルバム「Afrosick」をブラジルから発売するところまでいってしまいます。ブラジル色の強い曲といえば、矢野顕子とデュエットした「二人のハーモニー」がしばらくあるCMで流れてましたね。

話を「極東サンバ」に戻しますが、ラテン的なサウンド云々というのとは全く関係なしに、単純に良い曲が多いです。
このアルバムで比較的よく知られているのはシングル・カットされた「帰ろかな」とか「風になりたい」だと思いますが、私のこのアルバムの中で(あるいは宮沢和史の作った曲の中で)もっとも好きな曲はシングルカットもされず、ひっそりとアルバムに収められている「東京タワー」と言う曲です。
この曲はボサノヴァのリズムにのせてちょっと切ないストーリーが語られていく曲ですが、メロディーもハーモニーもアレンジも本当に素敵で、この曲を聴くといつもメロメロになってしまいます。
この曲の切なさには「ニュー・シネマ・パラダイス」の強烈なノスタルジーにも通じるものがあります。とにかく宮沢和史の「いいやつ」度が120%発揮された名曲だと思います。

̃このアルバムの聴き所はやはり4曲目の Japanese Folk Song [Kojo No Tsuki] でしょう。そう、モンクがあの「荒城の月」を演奏しているのです。
「は・る・こ・お・ろ・お・の…」といった感じでテーマを一音一音スタッカートで演奏してますから、原曲の持つ荒涼とした雰囲気は見事なまでに壊されていますが、妙にグルーヴィーでユーモアさえ感じさせる雰囲気に仕上がっていてとても面白いです。

ベン・ライリーのドラムがなにげにすごいです。

またまたブルースのアルバムを聴きながらの通勤です。
ココ・テイラーは「ブルースの女王」などとよく比喩されますが、私なら誇らしく「ブルースおばちゃん」であると宣言しましょう。
おばちゃんパワー炸裂の搾り出すようなヴォーカルの第一声から圧倒されますが、バンドのメンバーもその力強い声に対抗すべく汗を吹き飛ばしながら必死に演奏している様子が目に浮かぶようです。
B.B. Kingとデュエットをしているトラックなどもありますが、ミキシングの影響もあるのでしょうが、はっきりいってB.B. Kingかすんでしまってます。
奥さんの尻に敷かれた亭主と喩えればいいのか。。。

それにしても、どのトラック聴いても気持ちいいくらいにひたすら絶叫しています、このおばさん。。。

ブルース・ピアニストの巨星オーティス・スパンがギタリストのロバート・ジュニア・ロックウッドとのデュオで録音したアルバム。

ブルースの「ゆるーい」グルーヴ感と泥臭さを失わずに、ピアノの楽器としての美しいしっとりした音色も楽しめるおいしいアルバムです。
ヴォーカルもピアノと同じく輝きに満ちた深く美しい音色で唸ってしまいます。

そういえば、ここ数日ブルースづいてますな。

久々に聴いてみました。

彼女お得意の、全曲ピアノの弾き語りによるアルバムですが、音数を抑えたアレンジながらグルーヴ感を失わないところは素晴らしいです。

私の大好きなバンドのThe Boomの隠れた名曲「虹がでたなら」がいきなり良いですが、続く曲のどれもが良い歌です。

彼女の部屋に遊びに行ってそこで弾き語りをしてもらっているような親密感溢れる演奏と録音にも好感がもてます。

なんか、随分センスの悪い冗談ですねぇ>ブッシュ大統領

もし、この冗談が本当で、大量破壊兵器が略奪にあったのなら、そんなのんきなこと言ってないで略奪した人探さないと、危険極まりないと思うんですけど。。。
ソースはこちら

昨日、同志社大学で行われたシュトックハウゼンの「ヒュムネン」のコンサートを聴きに京都へ行ってきました。機材はそれなりのものを調達してきていたので、なかなか美しい音質でした。
特に電子音だけで長い和音を演奏するような部分の繊細な効果には息を飲みました。

ただ、シュトックハウゼンの指定によるとスピーカーはかなり高い位置に設置すべきなのですが、様々な事情により、これが実現できず、作曲者の求める音響に近づけるのにかなり苦労していました。私はゲネプロを一部見学させてもらったのですが、音量が大きすぎて耳への刺激が多少刺激的で(これはシュトックハウゼンが最も嫌います)かつ細部が聞き取りにくくなったり、逆に音色がマイルドになりすぎて迫力不足になったりと、とにかく適切な音量や音色を得るのが難しかったようです。

本番は、前半はややマイルド過ぎ、後半はやや暴力的、な印象を受けました。
ゲネプロである程度満足できる状態になっても、お客さんが入るとまた音響が変わってしまうしなかなか大変だったようですが、よりよい状態に持っていくには「場数」を踏むしかないのでしょう。
とはいえ、シュトックハウゼン監修による上演を何度も体験している人がセッティングしていたのでかなり満足できる音質にはなったと思います。

少し残念だったのが、集客です。
決してガラガラだった訳ではないのですが、曲の価値に見合った沢山のお客さんが来た訳ではないのです。宣伝方法など何か問題があったのかもしれないですが、私などは多少スケジュールを無理して東京から駆けつけましたし、絶対満席で立見が出るかも、と余計な心配までしてたのですがちょっと肩透かしでした。

傑作ではあっても「少年の歌」などのようにポピュラーではないし、2時間という演奏時間だけを考えても決して「初心者向け」の音楽ではないのである程度は仕方がないのかもしれませんが、まだまだシュトックハウゼンの音楽に対する認知度が低いのかな、などとも考えました。
(実際「少年の歌」を収録したシュトックハウゼンの初期電子音楽を集めたCDを紹介しているサイトは多くとも、「ヒュムネン」を紹介しているところはそれほど多くないですしね。)

なんだかんだと書きましたが、今回の「ヒュムネン」の日本での上演はおそらく大阪万博以来、ひょっとすると電子音楽のみでの上演形態では日本初演かもしれない、という極めて希少な機会でした。

今、この文章を書きながら「ヒュムネン」のCDを聴いていますが、ステレオだとやっぱりだめです。やっぱりこの作品は4チャンネルで聴かないと!

コンサートをプロデュースした清水さん、機材のセッティングなどで福岡からわざわざ駆けつけた山下さんのお二人には大きな拍手をお送りしたいと思います。

このアルバムは姉妹アルバムである「Nefertiti」に隠れがちなのと、最後にほんとにトホホな余計な一曲が入っているために(もちろん我がiPodにはこの曲を外して転送しています)かなり印象を悪くしていますが、久々に聴いてみてもやはり素晴らしいと思いました。
トニー・ウィリアムズとロン・カーターの相当複雑なリズムのコンビネーションがこのアルバムの価値を高めていますが、とくにLimboでのトニー・ウィリアムズのドラムの炸裂具合には鬼気迫るものがあります。

テキサスの重鎮ブルースマンによる最新アルバム。
ホーンセクションを含むゴキゲンなリズムセクションをバックに重いタメの効いたギターと味わい深いヴォーカルが冴え渡る会心の出来です。
渋すぎず、軽薄すぎず、絶妙なバランス感覚にしびれましたが、ブルースのアルバムって(特に新譜に関しては)このバランスがうまく取れてるものって意外に少ないと思うんですね。

ブルースという音楽形式が基本はシンプルなだけに逆に深遠なところがあって、マイルスにしてもキースにしても、ブルースにこだわりを持つ気持ちは非常によく分かります。

ドイツのPHAZ-A-DELICというレーベルから発売されたアルバムですが、ジャケットのタイトルのロゴの下に a collection of fine bozza nova dub recording とあるとおり、ボサノヴァをダブ風に料理してみました、という企画です。モンドなジャケットがいきなり素晴らしいですが、似非ジョビン風のフェイク・ボサノヴァがダブ風の浮遊感に満ちたエレクトリックサウンドで奏でられる様は快感です。よく考えればボサノヴァとダブには「浮遊」という共通項がある訳で、この企画を思いついた人はなかなか鋭いセンスをしているな、と感心しました。

フェイク・ボサノヴァといえばイタリア映画のサントラに山ほど見つける事が出来ますが、ドイツものもなかなかです。

 ポール・モチアンというと、殆どの人が、スコット・ラファロ在籍時のビル・エヴァンス・トリオのドラマーという経歴がまず頭に浮かぶであろう。あるいはキース・ジャレットのアメリカン・クァルテットや菊地雅章のデザード・ムーンのドラマーとしての活躍を思い出す人もいるかもしれない。
 いずれにしても、ピアニストのサイドマンとしての印象の強いポール・モチアンであるが、かなりの数発表されている彼自身のリーダー・アルバムはもっと注目されても良いであろう。
 様々な編成でのアルバムを発表しているが、彼の殆どのアルバムにピアニストが登場してこない事は非常に興味深い。ピアニストのサイドマンとしての印象とは別の側面を見せたいという意図があるものと思われるが、このピアニストの不在を補って余りあるのが個性的なギタリストの存在である。
 彼の近年の活動で大きな成果を上げているものとして、ジョー・ロヴァーノ(テナー・サックス)、ビル・フリーゼル(ギター)とのトリオや、ジ・エレクトリック・ビバップ・バンド(以下E.B.B.B.)の2つのユニットが挙げられるが、どちらもギタリストが重要な位置を占めている。トリオの方の活動はE.B.B.B.の結成の10年程前の1980年代前半から始まっているのだが、ここでのビル・フリーゼルの浮遊感に満ち溢れた音色と独特な和声感は(ベーシストがいないことも相まって、この浮遊感がさらに強調されている)ポール・モチアン自身にも大きなイマジネーションを与えたとみえ、引き続くプロジェクトのE.B.B.B.で起用された歴代のギタリストには多かれ少なかれビル・フリーゼルの影響が感じられる。
 
 さて、ここでは、現在もコンスタントにアルバムを発表し続けているジ・エレクトリック・ビバップ・バンド(E.B.B.B.)のことについて書いていきたい。
 E.B.B.B.はその名の通りエレクトリック楽器でビバップを演奏するというコンセプトで始まったプロジェクトであるが、このバンドの基本的な編成はテナー・サックス×2、エレクトリック・ギター×2、エレクトリック・ベース、ドラムというものである。ビバップというとチャーリー・パーカー(アルト・サックス)、ディジー・ガレスピー(トランペット)、バド・パウエル(ピアノ)といった代表的な演奏家がいる訳であるが、ポール・モチアンは彼らの使っている楽器を敢えて使用せず、アルト+トランペットという定番の2菅の代わりにテナーを2本使い、ピアノの代わりにエレクトリック・ギターを2本使う、という様に典型的なビバップのサウンドを避けるような音色を使っている。こうした所に、ビバップという古典的な形式に敬意を払いつつ過去の単なる焼き直し以上のものを作り出そうとするポール・モチアンのなかなか憎い演出が感じられる。
 E.B.B.B.は現在(2002年)に至るまでに6枚のアルバムを発表しているが、メンバーや作風はアルバムごとにどんどん変化していて、最新作のHoliday for Stringsに至っては収録曲のほとんどがモチアンの自作でビバップ臭はほとんど感じられなくなっている。これはこれでなかなか楽しめる1枚ではあるのだが、ここでは本来のこのユニットのコンセプトが徹底し、個性的なメンバーのプレイやアンサンブルも楽しめるアルバムを紹介したい。
 
 それは2〜4枚目のアルバムに当たる以下の3枚である。
 
 Reincarnation of a Love Bird(1994年)
 Flight of the Blue Jay(1997年)
 Monk and Powell(1999年)
 
 メンバーのオリジナル以外の収録曲を参考までに以下に記しておこう。

 

Reincarnation of a Love Bird


  Half-Nelson(M. Davis)
  Ask Me Now(T. Monk)
  Reincarnation of a Love Bird(C. Mingus)
  Skippy(T. Monk)
  2 Bass Hit(D. Gillespie/J. Lewis)
  Ornithology(C. Parker/Harris)
  'Round Midnight(T. Monk/C. Williams/B. Hanighen)
  Be-Bop(D. Gillespie)
  (他にメンバーのオリジナル2曲)

 

Flight of the Blue Jay


  Pannonica(T. Monk)
  Celia(B. Powel)
  Blue Room(Rodgers and Hart)
  Milestones(M. Davis)
  Light Blue(T. Monk)
  Conception(G. Shearing)
  Barbados(C. Parker)
  Work(T. Monk)
  (他にメンバーのオリジナル3曲)

 

Monk and Powell


  We See(T. Monk)
  I'll Keep Loving You(B. Powel)
  Brillant Corners(T. Monk)
  Rootie Tootie(T. Monk)
  Blue Pearl(B. Powel)
  Boo Boo's Birthday(T. Monk)
  Wail(B. Powel)
  San Francisco Holiday(T. Monk)
  Parisian Thoroughfare(B. Powel)
  
 このようにモンク、パーカー、マイルスなどビバップの時代を生きた偉大なプレイヤーたちの作品がメジャーなものからマニアック(ちなみに上記のマイルスのMilestonesは同名のタイトルのアルバムに収められたよく知られたものではない方のビバップ期の作品)なものまでずらりと並んでいるが、個性的なメンバーの好演によりこれらの古典的な曲が新鮮さと斬新さをもって見事に蘇っている。
 ここでこの3枚のアルバムで演奏しているメンバーを紹介したい。
 
 Paul Motian, drums
 Don Alias, percussion(Reincarnation of a Love Birdのみ)
 Steve Swallow, bass
 Kurt Rosenwinkel, guitar
 Wolfgang Muthspiel, guitar(Reincarnation of a Love Birdのみ)
 Brad Schoeppach, guitar(Flight of the Blue Jayのみ)
 Steve Cardenas, guitar(Monk and Powellのみ)
 Chris Potter, tenor sax
 Chris Cheek, tenor sax

 この3作すべてに参加しているメンバーの内、特に、クリス・ポッターとカート・ローゼンウィンケルの二人の(少なくともこのバンドの在籍時は)若手奏者の際立ったプレイがこれらのアルバムの完成度をさらに高める結果となっているが、ベテランのスティーヴ・スワロウの存在はこのバンドのアンサンブルの特異性を際立たせることに大きく寄与している。彼の弾くベース・ライン自体は比較的オーソドックスなものなのだが、オクターヴ上の倍音を異様に強調した彼特有の音色によってこのベース・ラインがギターの音域に重なるように感じられ、ベース・ラインが3人目のギタリストによるカウンター・ラインのように聴こえてくる不思議な効果を生んでいる。そして、ベースというよりは発振音的な減衰の少ない音色が独特のグルーヴを生んでいる事も非常に興味深い。
 個人的にはビバップの面白さは各ソロイストの名人芸的なアドリブよりはむしろ、そのアドリブがそれぞれのメンバーに受け渡されることによる生まれるフレーズや音色のカラーリングにあると思うのだが、このE.B.B.B.ではまさにそれが巧みに表現されている。ソロを回す順序、多彩なバッキング(ベースとドラムのみ、ギター1本、ギター2本、ベースのみなど)、曲によっては2〜4人の奏者が同時にソロをとるなど、曲ごとにこうしたアレンジの手法に変化を付けているので、限定された楽器の音色から非常に豊かな色彩の変化が生まれている。テーマのアンサンブルもあるときはユニゾン、あるときはハーモニーなどと変化を付けているのはもちろん、単にユニゾンで演奏するときもオクターヴで重ねる場合にギターとサックスのどちらが上の音域で演奏するかも曲によって異なっているし、2本ずつのギターとサックスも同種の楽器である時はユニゾン、ある時はオクターヴと実に細かいアレンジの検討が行われている。特にMonk and Powellでのモンク作品の Brilliant CornersやRootie Tootieは原曲のテーマ自体も非常に凝っているのだが、このユニットの豊かな創造性がこのような作品の演奏で最大限に発揮されている。

 ここまでリーダーであるポール・モチアン自身のドラミングについて一切触れてなかったのだが、当然のことながら彼のドラミングは非常に素晴らしい。トニー・ウィリアムズやエルヴィン・ジョーンズのようなパワフルで派手なプレイは見せないが、もたっとした感覚ながら軽やかなスネアの音色、網の目のように複雑で精緻なシンバル・ワーク、これらの「部品」全体が組合わさって生み出される織物のようなサウンドは「歌心」に満ちている。そして、彼のドラムの奏でる「歌声」にはビル・エヴァンス、キース・ジャレット、チャーリー・ヘイデンらとの共演の思い出がこだましている

本日はこのCD(col legno)を聴きながらの通勤でした。
このスペインの作曲家について多くは知りませんが、音を聴く限りでは、クセナキスに多大な影響を受けた事が窺えます。
喩えて言えば、「しなやかさを増したクセナキス」と言う感じでしょうか。
そうであっても、決して軟弱な音楽ではないし、パワフルな部分も多いです。
一番印象に残ったのは複雑な音響が多層的にうねったりねじれたりする運動性ですが、それが非常に洗練された感じがするところです。ここに、単なるクセナキスの亜流に終わらない彼の魅力があると思います。

CDの最後に収録されたAntar Atmanという作品の終わりで強烈で異様な生楽器とは思えないほどの高音のうねりが聞こえるのですが、ここのオーケストレーションがどうなっているか音だけで聴いただけではよく分かりません。

本日、この講習会のスタッフからメールが来ましたが、コンポジション・セミナーのテーマ作品が以前伝えられていた「日曜日」のEngel-Prozessionenではなく、今年頭に初演され、私もケルンまで聴きに行ったHoch-Zeitenを取り扱うことになったという内容でした。

驚くべき事は今年はこの作品の合唱部分のみのレクチャーを行い、オーケストラ部分のアナリーゼは来年になる、ということです。
つまり、それくらい分析に時間がかかるほど複雑な作品だ、ということです。
実際耳で聴いたので、それも納得できるし、ちらっと見せてもらったスコアも凄まじく複雑なものでした。
この作品の10チャンネルにミキシングされた録音もセミナーの中で聴けるようですし、とても楽しみです。

久々に引っ張り出して聴いてみました。
Bill Evansの最晩年のライヴアルバムは異様な狂気とテンションに満ちたものでしたが、その少し前のこのアルバムにはそうしたものは表面には現れていません。しかし、狂気へ至る一歩前の張りつめた緊張感がこのアルバムを支配しています。
タイトルにもなっているミシェル・ルグランの作品の演奏もすばらしいですが、ビルのオリジナルであるWe Will Meet Againはあまりにも曲が切なすぎます。

タイトル自体も自分自身の死を予感しているかのようですしね。

今日は少し気分を変えて、Fabio Biondi率いるEuropa GalanteによるVivaldiのIl cimento dell'armonia e dell'inventioneを聴いての通勤でした。

Vivaldiというと楽しげなバロック音楽というイメージを持つ人が多いと思いますが、Biondiの演奏はそうしたVivaldi観を覆す、とにかく「激しい」演奏です。
この曲集は冒頭に有名な「四季」を含んでいますが「春」の冒頭からすごい事になっています。
打ち付けるようなチェンバロの和音に、鋭角的でショッキングな弦楽器のアタックの連続で、「バロック音楽」の「バ」の字の抜けた「ロック音楽」と言った趣です。
バロック時代にレッドツェッペリンがいたら、ギターをヴァイオリンに持ち替え、このような音楽を奏でたのではないでしょうか?

ほかにもフラメンコ・ギターさながらに楽器のボディーを打ち付けたり、急激で極端なルバートを付けたりとやりたい放題です。

だそうです。最近はOmniWebやSafariが頑張ってきたので、IEを起動する事がほとんどなくなっていました。
そもそもIEは、少し前まではこれじゃないとうまく表示できなかったから仕方なく使っていたのと、表示が凄まじく遅かったので、全く愛着がなかったのではありますが。。

ソースはこちら

言わずとしれたマイルスの超名盤。
本日はこれをiPodで聴きながらの通勤でした。

前述のブラックホークとのライヴと比べて聴くと演奏内容の変遷がとても面白いですが、このアルバムの面白さはトニー・ウィリアムズのドラムでしょうか?
バラード中心のこのアルバムですが、突然行進曲のように派手に叩き出したり、しばらく完全に沈黙したりと、細かくリズムの表情を変えています。

マイルスのトランペットのプレイも幅広い音域を駆使し、タンギングや微分音の細かいコントロールも冴え渡っています。
「終わりまで言い切ってしまわない」フレージングも絶妙です。

ロン・カーターの考え抜かれたベースラインもいいですね。

以前出ていたブラックホークでのライヴ盤(2枚)にさらに未発表の演奏を加えた4枚組の完全版が最近発売されました。
コルトレーンのいたクインテットからウェイン・ショーター以下スーパープレイヤー揃い踏みのクインテットに至る「つなぎ」のメンバーによるライヴですが、先進性はないものの、リラックスしたムードと高度な演奏内容に改めて感服しました。

コルトレーンがマイルスのバンドを去る直前のプレイは当時としては最高にアヴァンギャルドなもので、その凄まじいソロの後に続くウィントン・ケリーのスウィンギーなソロは場違いでお気楽にしか聞こえなかったのですが、ハンク・モブレーのサックスとのコンビネーションは絶妙で長いソロでも思わず聞き入ってしまいます。

ウィントン・ケリーのスウィンギーでファンキーなタッチはある意味後任のハービー・ハンコックにつながるところもあるし、Walkin'などででてくるウィントンのフレーズはハービーもそのまま使っているものがあってなんだか面白いです。

Sun Ra: Nuit de la Fondation Maeght vol. 1 & 2

これは存在は知っていたのですが、ずっとCDでは聴けなかったものです。


Monteverdi: Il Ritorno d'Ulisse in patria / 指揮:René Jacobs

最近Jacobsのバロック・オペラが廉価版になってぞくぞく再発されています。
同じモンテヴェルディの「ポッペアの戴冠」や以前から持っていた「聖母マリアの夕べの祈り」などが気に入っていたので買ってみました。

感想は後日書くかも。。。

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おしらせ

双子座三重奏団うるう日ライヴ
2012年2月29日19:00-
門仲天井ホール

双子座2012チラシtogo.jpg

中川俊郎:バッハーズ・アロウ
森田泰之進:こうふくのしま
鈴木治行:蛇行
山本哲也:スライドホイッスル三重奏曲
ケージ:ラジオ・ミュージック
ほか

出演:
曽我部清典(トランペット)
中川俊郎(ピアノ)
松平敬(声)

コンサート詳細はこちらまで

■タリス:40声のモテット
(一人の歌手による多重録音)

ご試聴、ご購入は以下まで
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e-onkyo music
OTOTOY

■松平敬 1stアルバム
《MONO=POLI》

 マショーからケージまでの声楽アンサンブル作品を、多重録音によってすべて一人の声のみで演奏したアルバム。
 16声部のリゲティ《ルクス・エテルナ》も収録。

ENZO Recordings
EZCD-10006
平成22年度文化庁芸術祭
レコード部門優秀賞受賞作品

文化庁芸術祭シンボルマーク

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