上記のフレーズをタイトルとしたシュトックハウゼン来日公演のレポートを発見しました。
こちらのリンクよりご覧下さい。
http://www.jazztokyo.com/horiuti/v5/v5-1.html
特にLICHT-BILDERに関しては先入観と偏見に満ちたトンチンカンな批判も数多く見られますが、この記事を執筆した堀内氏はシュトックハウゼンにおける作曲や演奏の特質、問題点などを非常に的確に指摘していて、シュトックハウゼンに対する「下らない」としかいいようのないつまらない誤解が解け、まともに論評されるようになってきたな、と嬉しくこの記事を読みました。
例えば堀内氏は
「ここまでくると、シュトックハウゼンの作品が「神聖な儀式である」という認識を共有することは、演奏家ばかりでなく、聴衆の側にとっても必要条件として逃れ難いのではないかとさえ感じられる。つまり、肉体的・精神的な準備が不充分なまま作品と向き合ったとしても、作曲者・演奏者の発信する世界を捉えるどころか、聴く側の誤解と思い込みに終始するしかないと思われてくるのである。」
と書いていますが、これは私がたびたび、シュトックハウゼンの作品をきちんと理解するためには何十回と繰り返し聞く必要がある、と書いていることと通じます。どうせシュトックハウゼンの近作はつまらないだろう、という先入観を持って、大した事前の「準備」もせずにLICHT-BILDERを聞いたところで、あの作品の百分の一も理解できないのは当然ですが、少なからぬ人々がそうした前提からトンチンカンな批判を繰り広げているのに対して、堀内氏がそうした先入観と無関係に的確にポイントを押さえているところに、深く印象づけられました。
シュトックハウゼンは毎年の講習会のモットーとして「○○して学習」のような文章を毎回書いていますが、作曲、演奏、聴取のすべてにおいて努力したり学習したりすることの重要さを強く認識していることがここにも表れています。
LICHTER-WASSERをのぞく「日曜日」の各場面のCDには本編に加えて、特定のパートを抜き出したり、本来必須の電子変調を省略した「学習用」のミックスも付録として併録し、HOCH-ZEITENに至っては本編とは別売りで学習用の3枚組のCDを2種発売している位ですが、裏を返せば、それくらい細かく聴きこなさないと作品を完全に理解できない、ということを表しています。
もっともシュトックハウゼンは自分の新作が簡単に理解されないのは「少年の歌」を発表したはるか昔から同じことなので、ほとんど気に留めてはいないようではあります。


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