ブーレーズがヘンデルの有名な「水上の音楽」と「王宮の花火の音楽」を指揮したCDはかなりの奇盤と言えるでしょう。いわゆる「古楽奏法」のようなものがそれほど行われていなかった時代の録音なので、今の感覚からいくと恐ろしくテンポが遅いのですが、かといって「大時代的」なロマン派風な重厚さもなく、むしろ軽やかな印象を与えます。ブーレーズの他の演奏と同様、アンサンブルが極度に正確なのは言うまでもありませんが、トリルの全ての音までもクリアーに聞こえてくるのには思わず唸ってしまいます。ヘンデルのオーケストレーションはもともと薄めで普通に演奏してもスコアの音が全て聞こえてきますが、ブーレーズはそうしたスコアですら、さらに透明度を高めて、これでもかというくらいに楽譜の音符全てを浮き上がらせ、何でもないようなアルペジオの音形も造形的に聞こえてきます。
いかにも独創的で個性的な解釈、というやり方ではなく、ブーレーズなりに直球勝負で演奏した結果が一歩間違えると通俗名曲になってしまう有名曲を結果的に異化してしまったのは、彼が振ったベートーヴェンの「運命」の例と同じです。
似たような企画としてシュトックハウゼンがハイドンやモーツァルトのコンチェルトを振ったものがありますが、シュトックハウゼン作曲のカデンツァ以外、一見変わったところがないように見えても、じっくり聞いてみるとすべての音形を几帳面なまでに弾き込んで丁寧に浮き上がらせている、かなり異様な演奏であることに気付きます。

