高橋悠治の旧譜が大量に再発されましたが、その中からバッハを電子楽器で演奏したものを紹介します。
一つ目は「クラヴィーア協奏曲集」。基本的にスタインウェイで弾いていますが、2つの協奏曲の第2楽章では電子ピアノ(フェンダーローズ)に換えての演奏となってます。不思議な事に、前後のアコースティック・ピアノで弾いている楽章と繋げて聴いてもほとんど違和感がありません。
二つ目は「ゴルトベルク変奏曲」。本編の方はアコースティック・ピアノですが、付録として収められた「14のカノンBWV1087」ではローランドのシンセサイザーによる演奏で、非人間的且つ暖かみをもったプログラミングが秀逸です。ほとんどが20秒〜40秒のごく短いカノンばかりですが、思わず繰り返し聴いてしまいます。
極め付けは「フーガの技法」をシンセサイザー(ムーグ、EMS)で演奏した「フーガの[電子]技法」です。これは、ふざけているのかと思いたくなるほどに、バッハの原曲を徹底的に解体してしまっています。極端なトレモロやヴィブラートをつけたり、オリジナルのピッチがほとんど分からないくらいの強烈なモジュレーションをかけたりと、いかにも「電子音」的なプログラミングを施している時点で原曲のフォルムがかなり崩れているのに、テンポはヨレヨレ(各声部の縦のラインが揃っていないところも数多くありますが、クリックトラックなどを使わずに多重録音を行ったのでしょう)、和声の整合性などお構いなしに一部の声部にディレイを掛ける事によってハーモニーもポリフォニーも極度に混濁している部分もあります。同じ声部でも曲の途中で音色がどんどん変化していくように構成していますが、何らかの統一的な規則性がある様子はなく、気まぐれに音色を変化させているように聞こえます。
バッハの意図したポリフォニーは無残なまでに破壊されていますが、上記の様々な音響操作によって、様々な音色の電子音によるポリフォニーが、バッハのフーガに寄生して奏でられる高橋悠治のオリジナル作品だと思って聴くのが正解ではないでしょうか。
バッハと電子音の相性は非常に良いですが、彼の音楽の持つ抽象性がそのような特性を持たせているのでしょう。
電子音との相性が良いクラシック音楽の作曲家でぱっと思いつくのはバッハ以外に後期ヴェーベルンくらいかな?などと思案していると、ルネサンス及びそれ以前のポリフォニー音楽はかなりの割合でOKではないか、ということに気付きました。
そういえば、大昔、マショーの「ノートルダム・ミサ曲」をMIDIに打ち込んで、2xリコーダー、2xフィードルという音色の設定にするとなかなか優雅かつ作品の隠れた魅力を再発見する結果になったことを思い出しました。





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