2006年7月アーカイブ

KLANG:1時間目「昇天」(前編)
KLANG:1時間目「昇天」(中編)

 この作品全体は24の小部分から構成され、それぞれの部分は固有のテンポと音色を持っています。24の小部分は24の異なるテンポを持っていますが、それは前述の24音のピッチのセリー(中編参照下さい)から導き出されます。ピッチのセリーを形成する2オクターヴの24の半音(c1 - h2)を、2オクターヴのテンポの半音階による24のテンポ(40-150)に対応させ、24のテンポのセリー(「テンポ・メロディー」とシュトックハウゼンは呼んでいます)を作り、これを作品全体のテンポの構成とした訳です。
 このテンポのセリーの前半は以下の通りです(ピッチのセリーと比較してみて下さい)。
 
 50.5 - 40 - 53.5 - 90 - 85 - 95 - 134 - 120 - 127 - 75 - 56.5 -71 - etc.
 
 左手のテンポのセリーはこのセリーの順番をある簡単な方法で置換することにより生成しますが、そのセリーの前半は以下の通りになります。
 
 45 - 75 - 107 - 80 - 120 - 101 - 134 - 142 - 95 - 113 - 85 - etc.
 
 これを見てすぐ分かるとおり、ほとんどの場面で左手と右手のテンポが異なる事になります。ちなみにテンポの変わる場所もほとんどの場所でそれぞれずれています。
 
 前述のリズム・ファミリー(中編参照下さい)とテンポのセリーは以下のような関わりを持っています。
 例えば、(右手の)始めに現れるリズム・ファミリー2はテンポ50.5、40を持ちます。リズム・ファミリーはさらに12の小部分に分けられるのでその7つ目の部分からテンポ40になる仕組みになっています(ただしこの変化のポイントは状況によって柔軟に変わりますが、ともかく各リズム・ファミリーのほぼ中間地点で変わるということです)。2番目に現れるリズム・ファミリー12は同様にテンポ53.5、90を持ち、以下同様に続いていきます。
 
 こうしたテンポやリズムのキャラクターの変化とピッチのセリーの増大及び減少過程は独立して行われ両者のタイミングは一致しないので、理論的な構造は比較的シンプルでもそれを耳で追っていくのは非常に困難となります。しかし、注意深く聴けばその構造を聴き取れるので、作品に馴染んでくるとどんどん旨味が増してくる楽しみがあります。
 
 作品のピッチ構造、リズム(及びテンポ)構造は以上のような方法ですべて作曲されましたが、音量、音色の構成は非常にオルガン的な発想で計画されました。

 この作品は24の部分に分かれ、それぞれの場面が(テンポのセリーに従って)固有のテンポを持つ事だけでなく、それぞれのテンポと音色(オルガン・ストップ)が対応するようになっています。音量はこの音色の特性によって副次的に決められる事になります(両手のテンポは基本的に異なっているので両手の音色、音量も同様に異なっている事になります)。
 テンポが遅くなると複雑で倍音成分が多く、テンポが速くなると透明度の高くなるようにストップ(シンセ版であれば音色のプログラミング)を調節するように求められていますので、演奏者はあらかじめ上記の原則に従った「24の音色のスケール」を準備する必要がありますが、この段階で非常に困難な作業である事が予想されます。特にシンセサイザーに於いてはこのように24の音色を作ったとしても音域によって聴覚上のキャラクターが極端に異なってしまうため、ある1つのテンポに対応する音色を右手用、左手用それぞれ作り、しかもそれが聴覚上は同一の音色であるかのように調節する必要があります。従って実質的には少なくとも48の音色をプログラミングする必要がある、ということになります。
 
 さらに、これらの両手の音色に、作品の構造に従って、特定の音程を音色の一要素として加えなくてはなりません。この切り替えはリズム・ファミリーの変わる12部分で行われ、それぞれの音程関係は以下の通りになります。

 長10度下 - 長7度下 - 長9度下 - 短10度下 - 短9度下 - 完全5度下 -
 長6度下 - 短6度下 - 完全4度下 - 短7度下 - 減5度下 - 完全8度下
 
 この音程関係はピッチのセリー(中編参照下さい)から導き出されます。このセリーの冒頭のeと、続くc-f-d-cis-dis-a-g-gis-h-fis-aisとのそれぞれの音程(オクターヴ関係は適宜調節)が上記の音程になっている事が分かるかと思います。この方式で行くと最後の音程関係はeとdisによる短9度になるはずですが、すでにこの音程関係が現れていることと作品の最後という特別な場所であることを考慮して完全8度下が加えられる措置がとられています。
 
 このように、音色に関しても綿密に計画したことが、たった2声の音楽でも非常に豊かな響きを持ち、音色の多彩さがそれ自体の効果だけでなく作品構造をクリアーに浮かび上がらせる事にも繋がっています。
 こうしたシンセサイザーの複雑なプログラミングによって具体的にどのような音色になるのかを、ひとつひとつアントニオの実演で聴く事もできましたが、当然ながらそれは、演奏者と作曲者のコラボレーションが極めて重要であるということを再認識させました。
 初演のオルガンによる演奏と比べて、2つのテンポを弾き分ける、という演奏技術の違いだけでなく、音色の構成がうまくいくかによって、作品に対する印象がいかに極端に変わってしまうか、というのを示す好例であったとも言えます。
 

 コンポジション・セミナーの毎日の講義のあとには、恒例の質問タイムが設けられました。
 ほとんどの質問は相変わらず下らないものでしたが、ある受講生からの、リズム・ファミリーの構成の仕方がメシアンの作曲法を思わせる、といった感想に対してのシュトックハウゼンの回答は興味深いものでした。以下、不正確な記憶に基づくシュトックハウゼンの回答の要約です。

「私は若き日にメシアンの門下生として勉強し、彼の作曲した『音価と強度のモード』などからリズムの新しいコンセプトを学び、インド音楽のリズムについても勉強した。メシアンのクラスでは沢山のモーツァルトの作品の分析を行ったが、モーツァルトはある種のリズムのカデンツを(おそらく無意識に)使っている事を発見した(この論文はTEXTE第2巻に収録されています)。和声構造、和声進行などが様々な研究者などによって多く分析、研究されているのに対して、リズム構造に対しては必ずしもそうではないし、多くの作曲者の間でも同様である。」

 シュトックハウゼンが規則的なリズム・パターンの繰り返しを嫌うのは良く知られていますが、この回答の最後に突然テーブルを「タ、タ、タ、ターン」とかなり強く叩き(某有名作曲家の交響曲の冒頭のリズム)、「This is stupid!!」と発言したのは可笑しかったです。
 
 別の受講生は「あなたは作曲においてどういうモデル(作曲方法の雛形、という意味だと思われます)を使っているか?」というどうしようもない質問をしたのですが、シュトックハウゼンは、「そのようなモデルは作品ごとに新しく作っていくべきものである」という至極もっともな回答をしました。回答自体は予想のつくものでしたが、シュトックハウゼンの口からそうした発言がされると非常に説得力があります。

 同じような流れで、ジョン・ケージ、スティーヴ・ライヒ、ラ・モンテ・ヤングなど具体的な作曲家の名前を挙げてこれらの作曲家に対してどう思うか、という問いに対し、「例えばラ・モンテ・ヤングはダルムシュタットで教えた事がある。彼はオリジナルだ。オリジナルな音楽概念を打ち立てる人は素晴らしい作曲家だと思う。ただし、それは(質問で名前を挙げられた作曲家の)全員(あるいは全作品)ではないけど。」「ペンデレツキはそれほどオリジナルとは思わない。」などと答えましたが、20世紀後半からの前衛音楽界の中心を走り抜けたシュトックハウゼンは今や「生きる現代音楽史」であると言える訳で、(質問の価値の有無は別として)そのような質問をしてみたくなる気持ちも分かりますし、彼の口から、ラ・モンテ・ヤングとかメシアンといった名前を聞くことには、やはり私たちを興奮させるものがあります。

KLANG:2時間目「喜び」へ続く

cage_ul.jpgジョン・ケージの「プリペアド・ピアノと室内管弦楽のための協奏曲」「ピアノと管弦楽のためのコンサート」といった50年代の名作のライヴ映像をおさめたDVDです。演奏はメッツマッハー指揮のアンサンブル・モデルンでプリペアド・ピアノ独奏はヘルマン・クレッチマー、ピアノ独奏はデヴィッド・チュードアです。チュードアがソリストを務めた方の演奏はMODEレーベルからでているCDと同日演奏(1992.9.4.)ですがテイクが違います(おそらくCD収録のものはゲネプロの時に収録したと思われますが、DVDにはっきりとしたデータの記載がないため詳細不明)。

本DVD前半のケージの音楽についての解説はスキップしても問題のない無難な内容ですが、やはり晩年のチュードアをソリストに迎えた「ピアノと管弦楽のためのコンサート」の演奏は「伝説」であるといっても良い程貴重なものでしょう。
ありとあらゆる内部奏法やピアノの回りに並べ立てたさまざまな飛び道具的な電子楽器(「楽器」というには躊躇するようなものばかりですが。。)を歩き回りながら演奏する姿は必見です。晩年の涅槃の境地に達したようなオーラもものすごいものがあります。それに対するアンサンブル・モデルン(トランペットにはシュトックハウゼン講習会で講師も務めた事もあるヴィリアム・フォアマンがいました)も大健闘です。この曲独自の、両手で時計の針のような動きをする奇妙な「指揮」や、(演奏効果があったりなかったりする)様々な特殊奏法(様々な玩具や、音を出す物体も使用しています)、それに伴う多少の演劇的要素の面白さは映像を伴う事でより面白みを増します。

いい加減な解釈で演奏されがちな不確定性満載のケージのスコアを、非常に入念に準備したであろうことが映像、演奏両面から強く伺える仕上がりになっています。

KLANG:1時間目「昇天」(前編)

 私を含めた多くの受講生の関心事はこの新しい連作「KLANG」がどのような作曲技法を用いて作られているのか、ということでした。「LICHT」のスーパー・フォーミュラのようなものがここでも使われているのか、それとも全く異なる原理で構成されているのか?
 シュトックハウゼンは80歳近い高齢になっても常に新しい事へチャレンジする精神を忘れません。「LICHT」はオペラ劇場で演奏するという前提があった、作品全体の設計図でもあるスーパー・フォーミュラを作曲の出発点とした事などで、たくさんの制約があった(もちろんその「制約」の中から最大限の多様性を得るところが魅力でもあったのですが)のに対して、「KLANG」ではオペラという作曲の前提もないし、スーパー・フォーミュラのような設計図も敢えて設定しない事によって完全に自由な状態で作曲したい、というようなことを話していました。
 もっとも「1時間目」で使用された24音のセリーやリズム・パターンが他の作品でも流用されたり、それぞれの作品が24の小部分に分かれたり、という「ゆるい」統一性は考慮されていますが、それも今後の作品で変化していく可能性も十分にあります。
 
 前述のとおり「1時間目」では2オクターブの24音から構成されたセリーが作曲の基礎になっています。ポイントは「マントラ」から「光」までの作品の基礎をなしていたフォーミュラはもはや使われていない、ということです。コンポジション・セミナーのテキスト(シュトックハウゼン出版社より購入可能です)には、シュトックハウゼンはフォーミュラの諸要素よりも(モメント形式の)モメントを再び強く意識するようになり、その両者を組み合わせていくのが良いだろう、と書いています(フォーミュラを使用していないといっても「マントラ」以降、重要視されてきたメロディーの役割が否定された、という訳ではなく、むしろ依然としてメロディーを重要視しています)。

 レクチャーで話していた事も総合すると、フォーミュラやモメントによる作曲法だけでなくそれ以外の自分の試みたあらゆる作曲法を総合していこうとする意図を持っているようです。既に「LICHT」において、自分のそれまでの作曲活動の集大成をしたい、という意図を持っていた訳でその目的も達成できたと私は考えますが、「LICHT」の長い作曲期間で様々な作曲家としての進展がありましたし、今のシュトックハウゼンの目から見ると、フォーミュラによる作曲法の枠組みにとらわれていたし、オペラというジャンル上の制約があって真に自由な作曲ができなかったと見ているようです。
 
 さて、この24音のセリーは以下のようになっています。

 e1-c1-f1-d2-cis2-dis2 - a2-g2-gis2-h1-fis1-ais1 -
 dis1-cis1-d1-↑f2-c2-e2 - ais2-fis2-h2 -↓gis1-g1-a1
 
 ↑=1オクターヴ下の前打音を伴う
 ↓=1オクターヴ上の前打音を伴う
 
 第3音から第4音の短6度上行など、メロディー・ラインで「昇天」を表現しようとしている事がすぐ分かりますが、24音のセリーを6音ずつのグループに分けると2つ目以降のグループが最初のグループを逆行、オクターヴ置換、移高の処理を施したもので、耳で聴き取りやすく覚えやすいように考えられています。
 
 この作品全体のメロディー・ライン(厳密に言えばピッチ構造)はこのセリーをもとにして作り出されるのですが、セリーの各音を1, 2, 3, ... ,22, 23, 24とすると、1, 1-2, 1-2-3, 1-2-3-4というように一音ずつ音が増えていくようにメロディー・ラインを構成する、という驚く程単純な方法を採用しています。但し、それぞれのセリーに基づいたメロディーの間に8種類の自由な挿入句(長さは自由)が常に挟まれることによりメロディーの構造は一気に複雑になります。この挿入句はリンなどの補助打楽器の演奏、休止、クラスター、グリッサンド風の走句、歌手によるイヴェント、でピッチはこのセリーと関係している場合もあれば、全く関係ない場合もあります。
 
 この挿入句を挟んだセリーの増大過程が終わり24音のセリーが完成すると、今度は、1-2-3-...-23-24, 2-3-4-...23-24, 3-4-5-...23-24などとセリーの頭から順次、音を除去していくプロセスに移り最後に第24音目のみが残るまで続きますが(これ以降も同様に挿入句を挟みます)、ここプロセスにおいては第24音に一定の規則に従って音を加えて、2声の和音を構成します。その次はこのセリーの鏡像形による増大と減少のプロセスが同様に行われ、最後にセリーの逆行形が増大していくプロセスが行われます。
 
 驚く事に、これが約40分の作品の(オルガンの右手の)メロディー・ラインのすべてです。まず右手の(リズムも含む)メロディーのすべてが作曲され、左手のメロディーは右手のメロディーをいわば切り張りのように移植して作られます(当然その過程でオリジナルからかなりの変形を加えます)。セリーも前述の通り非常に覚えやすいので、集中して聴けばこの過程を耳で追っていく事が出来ます(セリーが10音以上になってくると聴取は非常に困難になってはきますが不可能ではありません)。
 
 このメロディー(現時点では音高のみ)にリズムが組み合わされますが、この方法が非常に独特です。全曲のリズム構造を12の部分に分け、それぞれの部分を独自の「リズム・ファミリー」と呼ばれるリズム群を使用して、前述のピッチ構造に当てはめていきます。
 それぞれのリズム・ファミリーは付点全音符(=16分音符×24)12個分の持続を持ち、その持続をあるシステマティックな方法(詳しくはテキストをご覧下さい)を用いて複雑な12のリズムパターンへと分割し、そこにある特定の音価から構成された8つのリズム群を挿入します(それぞれの挿入句全体の持続は16分音符24個分)。例えばリズム・ファミリー1では16分音符(リタルダンドなどのテンポ変化を伴います)、リズム・ファミリー3では付点8分音符、リズム・ファミリー12では付点2分音符を使って作られます。従ってリズム・ファミリーの違いによってリズムの密度が異なることになります。
 こうしてできたリズム・ファミリーを2-12-3-11-4-10-5-9-6-8-7-1と構成しますが(だんだんリズムのコントラストが少なくなり最後に一気に細かいリズムへ変化する)、これが作品全体のリズム構造そのものになります(但し、メロディーの挿入句の音価はこのリズム構造外)。
 
 これでピッチとリズムが揃ったのでそれを機械的に組み合わせて作品全体の右手のメロディーが完成しますが、その過程で演奏のしやすさ、様々な音楽的な理由でこの厳密なシステムから意図的に逸脱する場面が数多く見られるのも非常に興味深いところです(これらの過程をテキストに掲載された膨大なスケッチや完成したスコアなどを対照する事で詳細に確認する事が出来ます)。

後編へつづく

 今回のシュトックハウゼン講習会では、27年かけて完成させた7つのオペラからなる超大作「LICHT 光」(1977-2004)につづく新しい連作「KLANG 音」(2004-)からの作品がまとめて紹介された事が大きな特徴でした。「KLANG」は1日の24時間を24の音楽作品で表現しようとするプロジェクトですが、今回は現時点で完成している「1時間目」から「4時間目」までが演奏されました。

 KLANGの冒頭を飾る「1時間目」(2004/05)は(パイプ)オルガンに二人の歌手(ソプラノ、テノール)が加わる40分近くの作品ですが、初演は昨年5月ミラノの大聖堂で行われました。昇天祭の時期に合わせて初演が行われた事もあり、作品のタイトルは「Himmelfahrt 昇天」と名付けられ非常にキリスト教的な色彩の強いものとなりました。

 シュトックハウゼンは当初この作品において、作品の構造と密接に関連した24種類のパイプ・オルガンの音色を構想しましたが、リハーサル時間の不足など様々な現実的な制約のため初演の演奏に満足できず、オルガン・パートをシンセサイザーに置き換えた、今回世界初演された新しい版が作られた訳です。

 オルガンによる世界初演のヴィデオ映像をコンポジション・セミナーで見る事ができましたが、ミラノの大聖堂の異常に長い残響時間も相まってオルガンの演奏は非常に不明瞭な仕上がりにとどまっていたことが良く理解できました。但し、理想的なオルガンの機構、理想的な演奏の組み合わせが実現すればパイプ・オルガンによって真に理想的な作品の姿が現れるであろう事も想像できました。
 3人の演奏者は聴衆から見えない場所で演奏しますが、聴衆の前方に用意された巨大なスクリーンにオルガニストの手と鍵盤が映し出されます。歌手の姿はこのスクリーンにも映し出される事はないのですが、そのために却って二人の声が天からの歌声のように感じられる神秘的な効果を生み出していました。
 
 今回の講習会でのシンセ版の演奏ではそのような視覚的効果は省略してステージ上に3人の演奏者が並んでの演奏となりました。シンセを黒い布で包んで配線などが目立たないようにしたり二人の歌手が「LITANEI 97」での合唱団員の衣装を着たりなどの若干の演出はありましたが、それ以外の演劇的な演出などは一切ありませんでした。
 
 (どんな突飛な発想が含まれているとしても)オペラとして構想された「LICHT=光」は目に見える世界を描いたのに対し、「KLANG=音」では目ではなく耳で捉えられる不可視な世界を描こうとする両者のコンセプトの違いから、今回演奏された「KLANG」からの作品のほとんどは視覚的、演劇的要素を欠いた、まさに「音」に集中した作品に仕上がっていました。
 
 さて、このシンセ版による「1時間目:昇天」ですが、何と言っても40分近く弾き続けるシンセ・パートの右手と左手のテンポがほぼすべての部分で異なっているという「ポリ・テンポ」が大きな特徴といえるでしょう。ただ両手のテンポが異なっているだけでなく、それぞれの声部で独自に自由な長さの休止、フェルマータ、声部ごとに独立したリタルダンド、アッチェレランドが指定されているために状況はさらに複雑になっています。
 ミラノでの初演のためにオファーをしたケルン近郊の複数のオルガニストからはこの至難な演奏条件を理由に演奏をことごとく断られたのですが、今回シンセ版を初演したアントニオも準備に3ヶ月かかったと話していました。まず片手で指定されたテンポで完璧に弾けるようにして、その上で異なるテンポによる別の手の声部を組み合わせる、という地道かつ忍耐強い練習が繰り返された、ということですが、その傑出した演奏にはシュトックハウゼンも称賛を惜しまずにはいられませんでした。

 当初予定されていた1回の本番に加えて急遽2度の本番をコンポジション・セミナーの中で追加して行い、私たちにとっても聴取に努力の必要なこの複雑な作品を繰り返し聴くよい機会になりました。
 二人の歌手の歌うパートやシンセ奏者が時々演奏するリンなどの打楽器はあくまでも補助的な役割に過ぎず、作品の本質的な部分は両手で異なるテンポで奏でられる2声のメロディーのみなのですが、非常に巧みに作曲されているために音の薄さのようなものは全く感じられず、むしろ、音数が多すぎて音楽についていくのが困難に感じられるほどの音楽の密度があります。
 
 受講生のためにこの作品の自筆譜のコピーが安価で販売されていましたが(正規の出版譜はまだ準備中)、それを見ながらでも両手の声部を追っていくのは楽ではありませんでした。コンポジション・セミナーの中で片手ずつ演奏して両声部を把握した後に2つの声部を組み合わせて演奏する、といったこともやりましたが、そうした作業をしてようやくポリ・テンポの構造をしっかり捉えることができました。
 (中編へつづく

シュトックハウゼンの異色作にして重要作である「祈り」についてはじめて知った情報があったので、これも忘れない内に投稿しておきます。

以前から、ある文献でこの作品は第一勧銀が委嘱したものである、ということは知っていたのですが、なぜ作曲から30年たった今まで日本で全く演奏されないていないのか疑問でした。タイトルも日本語のINORIそのものですし。

スージーにも確認をとったので確かな情報だと思いますが、もともと世界初演は小澤征爾によって行われる予定だったそうです。しかし、彼はオーケストラにマイムのソリストが加わる事が気に入らず、マイム抜きのオーケストラだけによる演奏を希望したのですが当然シュトックハウゼンは拒否、日本での世界初演はお蔵入りになってしまったということです。

ジェスチャーと音楽の有機的な結びつきがこの音楽のテーマなのでシュトックハウゼンが拒否したというのは至極もっともな話ではあります。

指揮者も部分的に祈りのジェスチャーをする部分があったり、あのエトヴェシュをして「これまで指揮した中でもっとも振るのが難しい」と言わしめた複雑且つ頻繁なテンポ変化(一小節に2回テンポが変わるのは当たり前)を知って、小澤氏はおじけづいて適当な理由をくっつけて断ったのでは、と、意地の悪い見方もしたくなりますが、十分なリハーサル回数さえ確保できれば日本人の指揮、日本のオーケストラでの演奏は可能だと思うのですが何とか実現しないものでしょうか。

ジェスチャーにしてもオーケストラのサウンドにしても非常に日本を強く意識したもので日本人による演奏が非常にしっくり来ると思うのです。
今年は半分冷やかしで「祈り」のマスタークラスに数回参加してごく一部のジェスチャーを勉強しましたが、まったくダンスの素養がないのにも関わらず、色々な人から私の動きが作品にフィットしていると言われてちょっとびっくりしました。
アラン・ルアフィにも日本で一緒にやろうか、と冗談を言われる始末で。

ただし、この作品少しかじるだけなら簡単ですが、独特の記譜法でジェスチャーが記された70分以上のこの作品のすべての動きを学習して覚える、という作業には気の遠くなるような努力が必要とされます。
(最近はもっぱら二人、または三人のソリストを同時に演じさせるとのことなので、動きを間違えると当然悲惨な事になります)
ダンスが本職のアラン・ルアフィも世界初演に先立って、3ヶ月間毎日8時間の練習を必要とした、と話していました。
シュトックハウゼン自身が指揮をする場合も、基本的に2,3ヶ月前から「指揮の練習」をする必要があるとも聞きます。

それにしても「祈り」のクラス、全受講者が参加できるように、との配慮で朝8〜10時の開講ですが、これに参加するとコンサート終了の夜10時までの12時間以上のコースになってしまい気絶しそうになってしまいます。レッスン前のストレッチのようなウォーミングアップは非常に気持ちが良かったのですが。。。

flags.jpg今回ドイツに到着した時はワールドカップも残り2試合を残すのみ、3位決定戦の前日且つ金曜の夜だったためか、夜中まで街中は異様な熱気に溢れていました。夕食を食べに行ったレストランではライヴハウスばりの大音量で音楽がかかり、その音量に負けじとオヤジ6人くらいの集団が大声で騒ぐ様には唖然としました。多くの建物の窓には万国旗が掛かり、国を挙げて盛り上げようとする心意気が強く感じられました。キュルテンに行っても多くの民家や車にドイツ国旗がたなびいていましたし、滞在したホテルも入り口に小さな万国旗がありました。
決勝戦がシュトックハウゼン講習会の2日目で、その日コンサートの前半が終わったらある一角が突然空席になっていたので何だろうと思ったら、イタリア人、フランス人のいた席だという事があとから判明しました。

腕に「健康」と漢字でタトゥーを入れていた強面の兄ちゃん(講習会とは何の関係もなく、単に近くに住んでいただけ。映画で悪役として何本か出演しているそうです)と妙に意気投合して最後の日におみやげもらったり、日本のアニメやマンガ好きな人がアントニオ以外にもいることが判明したり(アントニオ曰く、「北朝鮮からミサイルが飛んできてもマジンガーZが守ってくれる」)、なぜか「数独」がドイツで大流行だったり(ドイツでもSu-dokuと言います)、日本にちなんだ出来事も多かったです。

kenkou.jpg

日本にちなんだことといえば、日本人デュオ(二人ともドイツ在住ですが)によるAVEが受講生コンサートで演奏されましたが、2等賞を獲得しました。おめでとうございます。当然カティンカ&スージーとは全く違った雰囲気ですが、アジアンな薫りの加わった演奏も非常に興味深いものでした。
一度だけレッスン聴講しましたが場所によっては一音ずつ止める非常に細かいレッスンで気が遠くなりそうでした。20分近く暗譜でダンスのように動き回りながら演奏しなくてはならない微分音と特殊奏法満載のこの難曲をやろうと思い立っただけで偉いと思える作品です。日本での演奏も企画して欲しいものです。

私は今回「シュピラール」を勉強しましたが、短波ラジオから日本の相撲中継が聴こえてきた時には妙な感動を覚えました。スージーに何度かレッスンしてもらいましたが、スコアの演奏指示からだけでは分かりにくい演奏の方向性がつかめたのでさらに演奏をブラッシュアップしていこうと思います。

先日の講習会の際、カティンカとシュトックハウゼン出版の運営に関して若干の話をすることができたので、忘れない内に投稿しておきます。

日本で最近国際送金の手数料が大幅に値上がりした事を知らせると、非常に残念そうな顔をしていましたが、送金に関しては現金を直接送っても良いと話していました。封筒に直接現金を入れる訳ですから、トラブルが起こるリスクもありますが、アルミやハガキ状のものなど、外から見て現金が入っているように見えなければ事故が起こる可能性は少ないのでは、という話でした。いつもそうやって送金してくる人もいるとも言っていました。
もちろん、紛失などのトラブルに関しての保証は一切ないので、自己責任でこの方法を採用すべきですし、2万円以上くらいの買い物になれば手数料の割高感も少なくなるので、正規の国際送金の方が無難かと思います。

あらゆる、郵便局、銀行の類が嫌いだ、と強い調子で言っていたのが印象的でした。

クレジットカードでの支払いに関しても改めて聞いて見ましたが、やはり現時点では様々な現実的な制約のため非常に難しいとの回答でしたが、将来的にはそうした方法も前向きに検討している、ということでした。
今は気軽に購入ができるか、などといった商売としての側面より、後世に残していくマテリアルを精力的に製作していく方に重点を置いているということも言っていました。

ヴィデオ関係の商品に関してはVHSの品質があまり良くないので、順次DVD化していく予定とのことでしたが、マスターをまず作らなくてはいけないにもかかわらず他にも仕事が山積みなので、製作ペースはあまり速くできないそうです。
お金の事とか諸取引だけに専念する人を雇うお金がない、ということでしたので、我こそは無給で、という人がいれば是非ともどうぞ(笑

ちなみに売店でDVDを試しに一枚購入してみました。
ものは「STOCKHAUSENINTHE CAVE OF JEITA 」で1969年にレバノンの洞窟で「短波」や「ヒュムネン」などを演奏した際のドキュメント映像でリュック・フェラーリによる制作です。
特に「シュティムング」の演奏映像が面白かったです。

現在18種類のヴィデオ作品が入手可能ですが、その内以下の6種類がDVDで購入可です(価格は何れも€25)。
ちなみにメディアはDVD-Rになります。

MOMENTE
MIKROPHONIE I
Stockhausen – Lichtwerke
EXAMEN
HELICOPTER STRING QUARTET
STOCKHAUSEN IN THE CAVE OF JEITA

現在、日本へ向かう機内です。

取り急ぎ、今年のシュトックハウゼン講習会の様子をざっとメモ代わりに書いておきます。

今年の目玉は何と言ってもKLANGからの作品ですが、どれも非常に充実した作品でした。

左右の手で二つのテンポを弾き分ける「第1時間目:昇天」はリズムの複雑さもさることながら、アントニオによるシンセサイザーの周到なプログラミングも印象的でしたし、演奏そのものも非常に充実したものでした。この作品の詳細な分析からも「光」以降のシュトックハウゼンの作曲の方向性を垣間見る事が出来ました。

一番気に入ったのが「第2時間目:喜び」です。
白いコスチュームをまとった二人のハーピストが歌いながら演奏する様はまさに天使のようでしたが、単にハープの音色の美しさに溺れず、変幻自在で濃密な音楽を40分間味わい尽くす事ができました。

第3時間目はピアノ・ソロの24の連作(今回は1〜15作目のみ)で、ピアノの音響の減衰時間、演奏者の呼吸の長さをもとにリズムを構成していく、50〜60年代の作品を想起させる部分もある異色作でしたが、ケージやフェルドマン、あるいは東洋的なテイストが強く感じられる静謐さに満ちた緊張感溢れる作品でした。
今回演奏された部分だけで90分ほどある、大作です。
譜面を見る事が出来ましたが、この連作の2曲は昨年の京都滞在時の作曲であることが書かれていました。

「第4時間目:天国への扉」は特別にあしらえられたドアを打楽器奏者が木のバチで様々な方法で叩くこれまた異色作ですが、ミクロフォニーIのアコースティック・ヴァージョンとでも呼びたくなるような仕上がりになっていました。演劇的な要素も強く、曲の終わり近くで扉が開き、打楽器奏者と客席から突然現れた女の子がそのドアの向こう側へ行ってしまうエピソードもなかなかに感動的でした。

詳しくは帰国後改めて投稿しようと思います。

ただいま、シベリア上空です。
ドイツへ向かう機内より更新しています。

目的はシュトックハウゼン講習会ですが、今年は新プロジェクトのKLANGの演奏が目白押しです。

KLANG, 1st Hour: HIMMELFAHRT Version for synthesizer (instead of organ), soprano and tenor

KLANG, 2nd Hour: FREUDE for 2 harps

KLANG, 3rd Hour: NATÜRLICHE DAUERN 1–15 for piano

KLANG, 4th Hour: HIMMELS-TÜR for a percussionist and a little girl

それに対して「光」からの作品は「木曜日の別れ」「土曜日の別れ」「日曜日の別れ」と「別れ」シリーズばかりで、「光」はもう終わりましたよ、ということなのでしょうか?
「日曜日の別れ」の世界初演時よりさらに充実したヴァージョンを5チャンネルで聴けるのが楽しみですが。

それにしても今日のフライト、航路がちょっと不思議です。
いつもは新潟辺りから日本海に出てシベリアというルートだったと思うのですが、今日は札幌上空まで北上そこからググッと左折という微妙な航路です。
気のせいかもしれませんが、ひょっとしてミサイル対策なのでしょうか。。(滝汗

あと、今日はちょっと気流が悪く激しく揺れますが、こういうニュースもあったようなので、気を付けねばなりませんね。

doa.jpg mado.jpg
日本在住のドイツ人写真家ベルンハルト・シュミットによる2冊の写真集です。ひとつはひたすらドア、もうひとつはひたすら窓ばかりを写したものです。
鮮やかな色合いの写真自体も素晴らしいですし、ドアにしても窓にしても様々な種類があるな、と感心しますが、私の心にヒットしたのはドアや窓という存在そのものです。この両者に共通するものは開けた先に何があるのだろう、という未知への興味です。ひたすらドアや窓ばかりを集める事によりそうした想像力が増幅してくるところにもこの写真集の面白さがあります。
以前、同じように様々な道ばかりを写した「道のむこう」という写真集を買っていたのを思い出して引っ張り出してみたら偶然に同じ写真家の作ということが分かり、びっくりしましたが、私の琴線にヒットする特定の方向性があるのだな、と妙に感心しました。
この道の写真集も同様に、その道の先には何があるのだろうという期待感を感じさせるようなアングルになっているのです。

ちなみにシュトックハウゼンの最新作は打楽器奏者がドアを叩く「天国への扉」というタイトルの作品ですが、どんな作品なのか楽しみです。

playboy0608.jpgマイルス・デイヴィス生誕80年を記念した30ページ以上に渡る充実した特集記事(中山康樹監修)です。充実したアルバム紹介はマイルス初心者にはお手ごろかと思いますが(何十枚という重要作があるので情報ゼロから聴き始めるのは大変でしょう)、私には大量に掲載された写真がヒットしました。ライヴの模様を収めたものもいいですが、ルイ・アームストロング、ジョン・レノンらと一緒に写った写真の掲載は嬉しいです。

ジョン・レノンのビートルズ時代の名作「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」をマイルスが晩年に日本で演奏した、という記事がありましたが、この音源どこかにないのでしょうか?是非とも聴いてみたいですね。

グッと来るのはマイルス語録を集めたページです。「そこにあるものあ演奏するな、そこにないものをやれ。」などと、シンプルに核心的な内容を表現した言葉は心に響きます。

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おしらせ

双子座三重奏団うるう日ライヴ
2012年2月29日19:00-
門仲天井ホール

双子座2012チラシtogo.jpg

中川俊郎:バッハーズ・アロウ
森田泰之進:こうふくのしま
鈴木治行:蛇行
山本哲也:スライドホイッスル三重奏曲
ケージ:ラジオ・ミュージック
ほか

出演:
曽我部清典(トランペット)
中川俊郎(ピアノ)
松平敬(声)

コンサート詳細はこちらまで

■タリス:40声のモテット
(一人の歌手による多重録音)

ご試聴、ご購入は以下まで
iTunes
e-onkyo music
OTOTOY

■松平敬 1stアルバム
《MONO=POLI》

 マショーからケージまでの声楽アンサンブル作品を、多重録音によってすべて一人の声のみで演奏したアルバム。
 16声部のリゲティ《ルクス・エテルナ》も収録。

ENZO Recordings
EZCD-10006
平成22年度文化庁芸術祭
レコード部門優秀賞受賞作品

文化庁芸術祭シンボルマーク

プロモーション・ヴィデオ

ご購入は以下まで:
HMV ONLINE
TOWER RECORDS ONLINE
amazon.co.jp
iTunes

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