KLANG:1時間目「昇天」前編|中編|後編
KLANG:2時間目「喜び」
KLANG3時間目は「自然の持続時間 NATÜRLICHE DAUERN」という奇妙なタイトルのついたピアノのための作品です。KLANGは1日の24時間に対応する24の作品から構成される計画ですが、この「自然の持続時間」はそれ自体が24の作品から構成されています。今回はその内の1曲目から15曲目のみが初演されましたが(残る9曲は2007年7月リスボンで初演予定)、この15曲のみで約100分を要する大作となっています。
シュトックハウゼンは1950年代より「ピアノ曲 KLAVIERSTÜCK」というタイトルのついたピアノのための作品をこれまで19曲発表(19曲目は未初演)していますが、12〜14作目では種々の内部奏法やピアニストの声なども用いてピアノの音色の領域を拡大し、15作目以降ではKLAVIERを「ピアノ」ではなく「鍵盤楽器」という風に読み替える事によってシンセサイザー(=音色を自在に変えられるピアノの進化形)で演奏する事を前提に作曲しています。「ピアノ曲XI」(1956)と「ピアノ曲XII」(1979/83)の間に作曲された2台ピアノのための「マントラ MANTRA」(1970)においてもピアノの音色にリング変調を施したり、補助的な打楽器などを使う事によってピアノの音色を拡大する試みを行っていた事も考えると、「モノクローム」の音色しか持たない(アコースティック・)ピアノから、「カラフル」な音色を持つシンセサイザーへ移行していったのはシュトックハウゼンの中では自然な流れだったはずですし、そうしたことから、多くの聴衆がシュトックハウゼンは今後アコースティック・ピアノを作曲する事はないだろうと予測していたところに、アコースティック・ピアノのための作品が突如24曲完成したことは大きな驚きでした。
「ピアノ曲」のシリーズは当初21曲の連作として計画されていましたが、第1作目(1952)から半世紀を経てようやく18曲目(2004)までが初演された(しかも12作目以降は作風が大きく変わっています)という紆余曲折と、今回の24作品はわずか1年の間に作曲されたという速筆振りのギャップの大きさも尋常ではありません。
[参考]シュトックハウゼンの鍵盤楽器作品のリスト
- KLAVIERSTÜCK I-IV(1952) ピアノ
- KLAVIERSTÜCK V-X(1954-55, IXとXは1961年に完成) ピアノ
- KLAVIERSTÜCK XI(1956) ピアノ
- INTERVALL(1969) 4手ピアノ(直感音楽「来たるべき時のために」より)
- MANTRA(1970) リング変調された2台ピアノ+補助的な打楽器
- KLAVIERSTÜCK XII(1979/83) ピアノ
- KLAVIERSTÜCK XIII(1981) ピアノ
- KLAVIERSTÜCK XIV(1984) ピアノ
- SYNTHI-FOU (KLAVIERSTÜCK XV)(1991) シンセサイザー、電子音楽
- KLAVIERSTÜCK XVI(1995) 電子音楽、ピアノ、シンセサイザー
- KOMET als KLAVIERSTÜCK XVII(1994/99) シンセサイザー、電子音楽
- KLAVIERSTÜCK XVIII(2004) シンセサイザー
- SONNTAGS-ABSCHIED als KLAVIERSTÜCK XIX(2001/03) シンセサイザー、電子音楽
- NATÜRLICHE DAUERN 1–24(2005/06) ピアノ
そして何よりも、この作品自体の作風が非常に異例なものでした。一聴してケージやフェルドマンを思わせるような瞑想的で静謐さに満ちた作風は、メロディーを作曲の基礎に置いた(=フォルメル技法)70年代以降の作品とは全く異なった響きを持っていて、60年代に突然舞い戻ったかのような錯覚すら覚えます。
この作品の基本コンセプトはメトロノーム的拍節によらない新しいリズム法の追求です。ピアノで演奏される持続音の減衰時間は音域、音量、ペダルの状態で様々に変化しますが、そうした自然現象に基づいた時間をリズムの基礎に置こうというのがこの作品の狙いで、それが「自然の持続時間」というタイトルにも関連しています。この限定されたアイデアだけで24曲を作るというのは非常に厳しい要求のように思われますが、シュトックハウゼンはそこから多様な発想に基づいた作品を生み出しています。
以下はいくつかの作品の大まかな構成です。
2曲目は、前打和音を伴った24音のピッチのセリー(1,2時間目で使用されたものと同一)が単音でペダルを踏みっぱなしの状態で順番に演奏されますが、これらの24のイヴェントの持続時間は音が減衰するまでの時間で決められます。前打和音とセリーの各音の間隔はごく短い1音目から徐々に開いていき(このタイミングは拍節的に記譜されています)24音目では5秒以上になり、この前打和音の音域は最高音域から最低音域へ、セリーの各音は最低音域から最高音域へ徐々に移行していきます。最後に、このイヴェントを圧縮するかのように、24の前打和音が徐々に音価を拡大しながら(拍節的に記譜されています)再度演奏されて作品が終わります。
1,3曲目も似たような発想で作曲されていて、特にこれらの冒頭3曲がケージ、あるいはフェルドマン的な雰囲気を持っています。
5曲目は、24音のピッチのセリーがそれぞれのイヴェントで1-2-3, 2-3-4, 3-4-5といった感じで断片的なメロディーとして演奏されますが同時に弱音で演奏される低音域の和音の減衰を待って次のイヴェントへ進む仕掛けになっています。ちなみにこの作品は昨年来日した際、京都で作曲していますが、そのせいか非常に日本的な「間」の間隔やメロディーのオリエンタルな雰囲気が印象に残ります。
6曲目は、ペダルを踏んだまま両手で(独立したタイミングで)繰り返し演奏されるメロディーが始めは速く、徐々にリタルダンドしていき中間部ではそのテンポがかなり遅くなり、再びアッチェレランドしていき始めのテンポに戻ったかと思うと、再度突如減速して終わる、という糸が絡み合ったりほどけたりというイメージを喚起させる曲です。
10曲目では、最低音域で演奏される和音の減衰時間を基準として、最高音域でメロディーの断片が不規則なルバートや音量変化を伴って(このパターンは低音の和音のたびに変化します)繰り返し演奏されますが、右手の全ての指にインディアン・ベルが仕込まれているので演奏するたびにこれがシャラシャラと音を立ててピアノの高音域のメロディーに絶妙な彩りを加え、ルバートや音量に呼応してインディアン・ベルのリズム、音色が微妙に変化していく美しい作品です。
12曲目では、24の和音が順番に演奏され、もう一度それを繰り返すだけ、という極めてシンプルな構造になっていますが、それぞれの和音の持続時間はピアニストの呼吸の長さで決定します(1つ目の和音で吐き、2つ目の和音で吸うetc.)。1度目はこの呼吸を静かに行う事が指定されているので非常に静的な音楽になりますが、2度目は呼吸の音が聴衆に聞こえるほど激しく行う事が要求されるので、音楽はハーハー言う音も相まって、非常にせわしないものになり、最後にピアニストが溜息をついて終わるギャグの寒さに聴衆は凍りつきます。ちなみにこの24の和音は音量の変化を伴って演奏されるので、それが呼吸の長さにも若干の影響を与え、持続時間にさらに微妙な不規則性が加わります。
15曲目では、最低音域から高音域までゆっくりと不規則な音階が上昇していき(同時に24音のピッチのセリーの断片が聞こえます)、一定のところまで達するとグリッサンドなどで低音域にすばやく戻りテンポを不規則に変化させ再び上昇、といったプロセスを繰り返しますが、繰り返すたびにこの上昇する音塊が音数を増やし、グリッサンドを伴うクラスターにまで成長していきます。それと同時にはじめは1音ずつ点描的に演奏されていたセリーの「オブリガート」はだんだんメロディックになっていきます。最後にはこの音の階段は最高音域に達し、それでも飽き足らずにピアニストは立ち上がり、最高音域の弦を引っ掻いて作品は終わります。
その他、いくつかの作品では「昇天」で採用されていた、両手で異なるテンポで演奏するテクニックも使われています。
ピアニストが声を発したり、前述のインディアン・ベルなど若干の例外はあるものの、特殊奏法の類を敢えて使わず、ピアノのモノクロームな音色のみに集中し、音数を絞った極めてシンプルな作りに徹しているところに、シュトックハウゼンの自信を伺うことができます。
今回この作品はピアノ・クラスの講師である二人のピアニストBenjamin KoblerとFrank Gutschmidtによって演奏されました。1曲または数曲ごとに交替で演奏するスタイルで、演奏をしないピアニストは舞台下手に用意された椅子に座って待つのですが、「間」の多いこの作品とその演奏スタイルの組み合わせが奇しくも将棋や囲碁の対局を思わせるような結果になっていたのが妙に可笑しかったです。


しかしすごいネタばらし記事(笑)。アフォーマンスって、やっぱドッチラケやんねえ今どき。
クラヴィコード公演と組み合わせるピアノ・リサイタル、静謐系なんだったらこれ弾きゃ良かったかなー。あっX番に差し替えるか、京都ネタだけでも。
いま気付いたのですが、24曲セットという構成がバッハの平均律とたまたま同じですね。
24曲まとめて日本で演奏できるのは来年の7月以降でしょうから、バッハとシュトックハウゼンを組み合わせた2晩、または3晩の演奏会を企画して欲しいものです。
シュトックハウゼンのものは、場合によっては世界初の24曲全曲演奏というのすら可能ですね!
昨年7月に京都滞在時に書かれた第5~7曲を取り上げることにします。
静謐系、24曲チクルスということで、翌々日のクラヴィコード公演とのリンクが強まるし、足立新作とのネタかぶりも避けられるし、何より「21世紀美術館」での「21世紀ピアノ音楽」コンサートなんだからやるに越したことは無いですね。