2008年2月アーカイブ

シュトックハウゼンの公式HPに最新の作品表がアップされていますので紹介します。
以下のURLからPDFで見ることが出来ます。
http://www.stockhausen.org/stockhausen_2008_eng.pdf

2008年版の作品表なので、晩年まで作曲し続けたKLANGの最新作まできちんとのっていますし、最新作の記述に見られたいくつかの細かいミス・プリントが訂正されています(と思いながら改めてチェックすると別のミスを発見しました)。

亡くなる前の晩に完成させた「ティアクライス」オーケストラ版ですが、この形としては作品表にはのっていません。2004年にこの「ティアクライス」の5つのメロディーをオーケストラ用に編曲し「5つの星座 FÜNF STERNZEICHEN」として発表していますが、亡くなる直前に編曲したその続きの5つのメロディーは「続・5つの星座 FÜNF WEITERE STERNZEICHEN」として作品表にのっていて、この2つの作品をまとめて演奏する時に「ティアクライス」オーケストラ版として演奏するのだと思います。
ただし気になるのが、「蟹座」と「獅子座」のオーケストラ版が欠落していることです。
最後に完成させたのが双子座なので、生きていればそのままこの2つのメロディーのオーケストラ版を作ったと思うのですが、今年の「ティアクライス」オーケストラ版の初演では、そのまま完成した部分だけ演奏するのか、スケッチなどに基づいて補筆完成させたもので演奏するのかは興味があります。

もう一つ興味を引くのが「牡牛座」のファゴット・ソロ版というのが、作品表のそのすぐ下に追加されていることです。作曲は2007年ですからオーケストラ版の「ティアクライス」を作曲する過程で副次的に作曲されたのだと思いますが、「ティアクライス」の特定のメロディーだけが器楽独奏用にアレンジされた例は他にないのでどのようなリアリゼーションを施したのか極めて興味深く思います。

今までは、毎年、作品数が少しずつ増えていく作品表を見るのが楽しみだったのですが、これから先はもう新しい作品が増えることはありません。悲しいです。

今発売中の音楽現代2月号にシュトックハウゼンの追悼記事がのっているので紹介しておきます。
三橋圭介、宇野文夫両氏による記事です。

三橋氏の記事はシュトックハウゼンが書いた「世界音楽」と題されたテキストの紹介が大部分ですが、30分以上の大曲である「ピアノ曲XIII」を「小品」と表現したり、CDなどで全曲を聴くことができ、スコアもすべて出版済の「光」に関して「作品の全貌はまだ不明のままだ」と記述するなど疑問の残る部分も若干ありました。

宇野氏の記事は3ページにわたる大きな記事ですが、この内容には大きな疑問符を付けざるを得ません。
誰が読んでも疑問点続出の浅田彰氏の追悼記事に比べて、この記事は多少詳しいそぶりをしているので注意が必要です。

まず、作曲年の違いという単純ミスが目立ちます(公式サイトから容易に詳細な作品表を閲覧できるにも関わらず)。
「光」「リヒト=ビルダー」「自然の持続」(タイトルはすべて著者の日本語訳)の3作品の作曲年が1年ずれていて基本的な取材が出来ていないことを伺わせます(三橋氏の記事も含めて情報源がWikipediaだったりするのかな、とも思ってしまいます)。
タイトルの間違いはもっと致命的です。「KATHINKAs GESANG カティンカの歌」を「カチンカの夢」と誤記したのには失笑しました。同じ「土曜日」の第1場面が「ルシファーの夢」なのでこれと混ざったのだと思いますが、こうした雑誌を資料として利用する人がいるかもいないことを考えると重要な問題だと思います。
前述のKLANG3時間目の「NATÜRLICHE DAUERN」を「自然の持続」と訳すのも作品のコンセプトを全く理解していない、おそらくCDに添付されているブックレットを読んでいない、としか思わざるを得ません。ピアノの持続音の減衰やピアニストの呼吸の長さでユニットの持続時間を決めていくコンセプトですからDAUERNは「持続」ではなく「持続時間」と訳さないと意味不明になってしまいます。
モメント形式を何の注釈もなく「瞬間形式」と訳して紹介するのも問題です。シュトックハウゼンのこの用語「Moment(独)」は、文字通り「今」という瞬間の意味で使う場合もあれば、「モメンテ」の中でも見られるような20分あまりの部分を指すこともあるからです。

あと、細かく突っ込むとキリがないほどの小さな問題点が散在していますが、それには目をつむるとしても、フォルメル技法の説明、それに続く「オペラ『光』の考察」という部分には事実と異なる記述が多く見受けられます。
宇野氏はフォルメル技法(宇野氏は「旋律作法」と訳しています)のはじまりについて、「71年の『シュテルンクラング』より、シュトックハウゼンは明瞭な旋律線を前面に打ち出すようになる」と書いていますが、まず『シュテルンクラング』ではフォルメルは全く使っていません。作風としては母音変化で倍音を変化させる「シュティムング」(1968)を発展させたものですから、耳で聞いてもそのことははっきり分かるはずなのですが。。。
フォルメル技法を確立したのは、実際は「マントラ」(1970)です。
そしてその技法の説明が「多くは20個ほどの原形旋律が、独自の方法によって組織立って変奏されるものだ」となっていますが、1曲に20個のフォルメルを使った作品は存在しません。基本的には1曲につき1つのフォルメルが使用され、もっとも複雑な「光」でさえ3人の主人公に対応する3声のフォルメル(つまりフォルメルが3つ)を使っているにすぎません。

そして「特徴的なのは、時にダイアトニクにも近い音階が使われ」と続きますが、これも完全に誤りです。
長3度や完全音程など、調性音楽で特徴的な、そしてそれゆえ多くの無調音楽で忌避されてきた音程が何の躊躇もなく使用されている(但しそれらの音程を強調している訳ではない)のは事実ですが、それを即ダイアトニックに結びつけるのは楽譜をきちんと読まず印象だけで記述している証拠です。
「ティアクライス」のような一見平易なメロディーでも、いかなる旋法にも属さない12音列を基礎として構成されていますし、その旋律が調性音楽、ダイアトニックを思わせるような印象を仮に持ったとしても、それを重層的に重ね合わせる方法、和声との関連付けの方法は全く調性と関わりがありません。
そして「この精緻な作法は、セリエルの場合と同様、聴かれる側に効果的に感受されるものでなく、作曲者自身の必要と興味である面が大きい」とありますが、メロディーという知覚しやすい要素を使うことによって、それがどのように変容されるかがある側面においては極めて明瞭に聴き取れます。ついでに言うと50年代のセリーの意義に対する理解にも疑問を感じます。

「光」の考察の章でいきなり驚かされたのが「『光』に関しては、私はオペラ上演を観た事はなく、録音も未聴な部分があるので、ここではその限りの判断である」と断っていることです。某氏のように知らないことをあたかも知っているように書くのと比べれば「誠実」と言えるかもしれませんが、公に出版される雑誌の記事で全曲聴いていないものを「考察」するというのはどうかと思いますし、そこを大目に見ても、では演奏時間約29時間の「光」の中のどの曲を聴いた上での考察なのか、ということは明記しなくては「誠実」ではないと思います。
批判点として「和音や中心音の持続が単に長い」ということを挙げていますが、なぜそれがダメなのかの理由は記されていません。しかも、そうした部分が作品の全体にわたっている訳でもありませんし、「カレ」や「ヒュムネン」など50〜60年代の作品にもそうした要素は沢山見つけられますが、そうした例とどこが異なるのか、という考察が全くありません。さらに「和音変化にも、和声ヒエラルキーが生じない」って、調性音楽ではないのだから当然だと思いますが。。

そして「音楽が平面的に聴こえて、単調に感じられるのだが」という記述には、どういう耳で聞いているのか私には謎が深まります。私は逆に、立体的で変化に富んだ音楽だと思うからです。
それは人それぞれの感性ですから措くとしても、その理由が「大抵の音が電気増幅されスピーカーから発せられることにより、弱音も、特に微細な特殊奏法までも、大きくミキシングされ説明的に聴かされてしまい、その為、聴き手の『耳の積極性』が奪われる」というのが大きな謎です。
まず宇野氏は「オペラ上演を観た事はなく」と書いてあるのですから、100%CDかLPを自宅のステレオ等でスピーカーを通して聴いているはずですが、この段階でこの文章の論理のおかしさが分かると思います。
通常のクラシック音楽の録音に際しても、多かれ少なかれ様々なミキシング処理で音量調整を施しているのは至極一般的なことですが、それは不問なのでしょうか?
ちなみにシュトックハウゼンはライヴ演奏に際して初期のピアノ曲も含めたほとんどすべての作品で、電気増幅を行っています。
シュトックハウゼンは自分の作曲した音を全てクリアーに聴かせるために、ミキシングには大きな注意をはらっていますが、弱音や特殊奏法は多少の強調はしても「大きく」ミキシングすることはありません。そして、それが「説明的」だから「耳の積極性が奪われる」という論理も不思議です。はっきりと聴こえるのならより細部まで積極的に聞き込むことが可能ですし、そのことによって和音の長い持続音に詰め込まれた微細な音色変化などを存分に味わうことが出来るのです。
宇野氏の記述を逆から解釈すると、「音響が不鮮明であれば、漠然とした印象や想像力で、積極的に音楽を聴ける」というおかしなことになってしまいます。

「音楽全体に躍動感が乏しい」という表現も疑問です。瞑想的で静かな部分も多いですが、常に音響がうごめいている躍動的な部分も多く、ごく一部の印象を全体の印象にしてしまっています。
さらにいえば躍動感があれば作品が素晴らしいのか、という疑問も残りますが、例えばブーレーズ、リゲティ、ベリオの一部の作品に見られる、躍動感はあるけれども、それ以上の深みは感じられない作品に関してはどう考えているのか興味があります。
はじめから「光」はあまり良い作品ではない、という結論ありきで作品を聴いているような気がしてなりません。

「木曜日」や「土曜日」のある部分に対して、チベット密教や真言密教の音楽を「下敷きにしたと考えられる」と曖昧な印象による「感想」を書いていますが、そういうことで紙面を埋めるのであれば、「カティンカの歌」で「チベットの死者の書」が下敷きになっているという明確な事実を例に挙げるべきだったでしょう。

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おしらせ

双子座三重奏団うるう日ライヴ
2012年2月29日19:00-
門仲天井ホール

双子座2012チラシtogo.jpg

中川俊郎:バッハーズ・アロウ
森田泰之進:こうふくのしま
鈴木治行:蛇行
山本哲也:スライドホイッスル三重奏曲
ケージ:ラジオ・ミュージック
ほか

出演:
曽我部清典(トランペット)
中川俊郎(ピアノ)
松平敬(声)

コンサート詳細はこちらまで

■タリス:40声のモテット
(一人の歌手による多重録音)

ご試聴、ご購入は以下まで
iTunes
e-onkyo music
OTOTOY

■松平敬 1stアルバム
《MONO=POLI》

 マショーからケージまでの声楽アンサンブル作品を、多重録音によってすべて一人の声のみで演奏したアルバム。
 16声部のリゲティ《ルクス・エテルナ》も収録。

ENZO Recordings
EZCD-10006
平成22年度文化庁芸術祭
レコード部門優秀賞受賞作品

文化庁芸術祭シンボルマーク

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