定価8400円、548ページ、ハードカバーの重量級の本ですが、内容も重量級です。「事典」とは書いてありますが、まずは1ページ目からじっくりと順番に読んでいくべき構成になっています。
「世界音楽の本」というタイトルですが、この地域ではこういう音楽が盛んで、などと西洋の視点から民族音楽の特徴や歴史を書き連ねるのではなく、地球全体を様々な地域の様々な音楽の相互浸透する音楽世界という視点でとらえた上で、音楽の歴史や特徴を記述していこうという壮大な試みをおこなっているのが非常に独特です。
その意図を実現するために起用された、高橋悠治、佐々木敦、大友良英、大熊ワタルなど多彩な執筆陣も魅力です。
リズム、音色、制度、20世紀音楽史、日本音楽の20世紀、グローバリズムと現代の問題、という大きな6つの章から構成されていて、例えば第1章の「リズム」の構成を見れば、この本の独自性がよく分かると思います。
足のリズム
歩きとビート
行列
方向と中心
不均等なリズム
視点分割運動とポリリズム
手のリズム
イスラーム文化のリズム
手がつくるリズム
朝鮮半島のチャンダン
息のリズム
アジアの声 息のリズム
笛のリズム、尺八
リズムの文化横断
北米のシンコペーション
アフロ・キューバン
機械のリズム
声と歌
音色
太鼓ことば・口三味線
かたる となえる
歌の場
ちがう声がいっしょに歌う
歌芝居
20世紀音楽史の項も、もちろんクラシックの現代音楽について述べたものではなく(西洋における一傾向としては紹介されています)、ジャズのようなものはもちろん、ラテン、アフリカ、アラビア、インドにおけるポピュラー音楽の歴史について幅広く触れ、音楽そのものにも大きな影響を与える政治の役割、レコードなどのメディアの問題も取り上げられています。
多くの執筆者の文章をまとめたものなので、文章の内容には濃淡がありますし、内容の重複も若干ありますが、世界各地の純粋な民族音楽とそれを搾取し破壊する西洋文明、というありがちで単純な見方では世界の音楽の動きはとても捉えられない、ということを本全体から実感する事が出来ます。
どのような音楽であれ、他の文化の影響から完全に隔絶される事は不可能ですし、そこに西洋など他の文化がその音楽と交わった時、それは搾取なのか、折衷なのか、相互浸透による音楽の新たな発展なのか、判断するのは極めて困難です。実際はそのような多文化の複雑な混ざり合い(誤読による変異も含みます)によって世界の音楽シーンが作られているのですから、まずその現状を把握する事からはじめなくてはならないのでしょう。
かつてはシュトックハウゼンの「テレムジーク」が非西洋音楽の植民地主義的な搾取だと批判された事もありましたが、そこで音楽的に実現されているのは、世界各地の音楽の電子的な手法を用いた相互変調による融合であり、これはまさにこの本で述べられている世界の音楽の状況を、一つの音楽作品として表現したものということになります。


コメントする