とりわけ大好きな作品という訳ではありませんが、日本国内では当分演奏を期待できない難曲ですし、これを日本のプロダクションでどれだけ仕上げられるかということにも興味があったので、聴きに行きました。
以下、メモ代わりに簡単に感想をまとめておきます。
稽古が非常に難航しているという噂話もちらほら聞こえてきたので、ともかく生演奏を体験しておこう、という程度の極めて低い期待値で会場に向かいましたが、結論から言えば予想をはるかに上回る仕上がりで、生演奏を聴く事によってこの作品が少しだけ好きになりました。
歌い手にとってはとにかく音が極端に高く極端な跳躍も多く、聴いていて可哀想になるくらいですが、かなり頑張って楽譜に書かれている事を音にしようとする努力がよく分かりました。コレペティなど音楽スタッフの苦労も忍ばれます。
この殺人的な声の扱いがこの曲を好きになれない大きな理由のひとつですが、特にテノールの扱いは歌い手として怒りすら覚えるほどの極端な高音域を要求します。ハイCを越える所はファルセットで逃げたり、健闘むなしくひっくり返ったり、一声聴いて疲労で喉がボロボロなのが分かったりという有様でしたが、これは作曲家に責任があります。その無茶なスコアをよく頑張って演奏した、と努力を讚えたいと思います。
コンタルスキーのCDの演奏で聴くと、金管の絶叫などがうるさくオーケストレーションに問題があるのかと思っていましたが、今日の演奏ではそうした印象はありませんでした。演奏に原因があったのでしょう(スコアを見た事がないので推察にすぎませんが)。
オーケストラを担当した東フィルも忙しいスケジュールの中、よくここまでまとめたと思いますが、恐る恐る弾いているような印象を受けた所もありますし、リズムがもっと軽やかに処理できればよかったのにな、と思った場面もしばしば。
大量の打楽器群は舞台裏の演奏を客席に向かったスピーカーで再生する方法をとっていましたが、ピットで演奏している楽器との音質的なかみ合わせが今一つでした。
スピーカーから出る楽器の音ばかりがクリアーに聴こえすぎたのと(音量ももう少し抑えてもよかったでしょう)、スピーカーの位置の関係上これらの楽器の音だけがピットの楽器よりも上方に聞こえたのが不自然でした(それともそういうスコアの指示なのでしょうか?)。
ティンパニのロールの音はマイクのセッティングのせいか、音質もかなり不自然な感じがしましたが、左右に分かれた複数のティンパニが対話する効果はきれいに出ていました。
シュトックハウゼン流に、ピット内の楽器も含めた全楽器の音をミキサーにまとめる方法(予算はかかります)をとった方が音像は自然に聴こえたかもしれません。
ジャズのバンダは演奏もいまひとつで、エレベの音が全体のバランスを考えると少し大き過ぎでした。
そもそも、このバンダの演奏やバランスにそれほど思い入れがないようにも思えました。
演出は黒っぽい箱形のステージで、赤、黄色など強烈な原色の衣装が鮮烈な印象を与え、その色使いで様々な人間関係を象徴するアイデアで楽しめましたが、もともと前方に軽く傾斜のあるステージ自体が、最後には大きく右に傾く大掛かりな仕掛がありました。
この斜め舞台の上方で歌っているのをみると転落しないか冷や冷やしましたが(わざと滑るような演技がさらに不安を増長させます)、無事に怪我人もなく終了。
演出は基本的に面白いと思いましたが、場面ごとに細かく幕が下りて、いちいち転換に時間がかかるのが興ざめでした。不可抗力ですが、演奏がストップしている間の転換はノイズが目立ってしまうので、それもマイナス・ポイントでした。
最後のマルチ・チャンネルによる立体的なミュージック・コンクレートの効果は美しかったです。この幕切れの音響の美しさ(そして演出との関係)には軽く感動。このこだわりで前述の楽器の音響もケアしてもらえればよりよかったのですが。
生演奏を体験して、チラシなどでの煽り文句とは裏腹に、この作品は非常に古典的な作品だな、との印象を受けました。
大編成のオケやジャズ・コンボ、ミュージック・コンクレートなどお膳立て自体が極めて困難で、演奏至難ではありますが、それが作品の新しさとは直接結びつかない、ということです。
ツィマーマンのトレードマークともいえるバッハの引用、ジャズなど様々なスタイルの音楽のコラージュは、ベルクのオペラで試みられていた事の延長に過ぎませんし、ミュージック・コンクレートの使用も少しゴージャスなSEという程度の扱いにしかすぎません(ついでに言うと、ツィマーマンの出発点であった新古典主義も、異なったスタイルの折衷、融合ですから、そういう意味で一貫性があったともいえます)。
つまり20世紀後半に作曲されてはいるものの、戦後の前衛音楽の代表的オペラというよりは、ベルクなどの戦前のオペラの成果を戦後の様式で拡大した野心作、と解釈できると思いますし、19世紀までのオペラのスタイルを結局は引きずっているということになります。
だからこの作品が古臭い、と非難したいのではなく、伝統的なオペラ制作の延長線上(長い延長線ではありますが)で上演できる作品なのだからもっと演奏されてもよいのでは、と思ったという事です。
何はともあれ、関係者の皆さまお疲れさまでした。
休憩中には某偉大なコントラバス奏者にお会いしました。新しい勤務先の名刺を頂きましたが、素晴らしいですね。