カーゲル「バベルの塔」

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本日PETERSより楽譜が届きました。
あまりに遅い入荷だったので中身を空けるまで何を注文したのかすら完全に忘れていましたが、カーゲルの「バベルの塔 Der Turm zu Babel」(2002年作曲)という作品の楽譜でした。

18の無伴奏独唱のメロディーからなりますが、歌詞はすべてのメロディーで同一で「創世記」のバベルの塔の下りから取られています。人間がバベルの塔を建てて天国まで到達しようとしているので当時ただ一つしかなかった言葉を多くの種類にバラバラにし意思疎通できないようにしよう、と神が言う有名な部分です。

カーゲルは、この言葉の18ヶ国語の翻訳から18個のメロディーを付けるというアイデアで、この聖書の物語をうまく解釈しているのですが、それぞれのメロディーはそれぞれ異なる7音からなる人工的な旋法で作られています。メロディーの性格はそれぞれの言葉の響きや国のイメージで色々異なっているのですが、このセンスにカーゲルらしウィットが込められていて面白いです。
似非アフリカ民謡風のスワヒリ語ヴァージョン、こぶし風の装飾音満載のトルコ語ヴァージョン、バルトーク的な複合拍子によるリズミックなハンガリー語ヴァージョンなどが特にケッサクです。

細かくメロディーが揺れ動く日本語ヴァージョンは、日本人から見ていったいどこが日本風なのか理解不可能で、その勘違い具合がなかなか味わい深いのですが、この奇妙な似非オリエンタリズムに基づいたメロディーへの日本語の当てはめ方がこれまた実に奇妙です(例:「民は民は民は民は一つで一つで一つで一つで民は一つでみなみなみなみな同じみな同じ同じ同じ言葉で…」)。

ちなみにカーゲルが取り上げた言語は、デンマーク語、ドイツ語、英語、エスペラント語、フランス語、ギリシア語、ヘブライ語、イタリア語、日本語、ラテン語、オランダ語、ポーランド語、ポルトガル語、ロシア語、スペイン語、スワヒリ語、トルコ語、ハンガリー語です。

演奏指示には、この18個のメロディーを全て演奏する必要はなく3〜6曲を任意に選び自由な順序で演奏する事、という記述があります。

最終的には全曲制覇を目指したいですが、折をみて少しずつレパートリーを増やしていければ、と考えています。
さすがに来る6/2の「双子座三重奏団&エクスドット」ツインライヴでは無理ですが、9月に予定されている某企画で取り上げられるのでは、と目論んでいます。

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コメント(11)

なんかHymnenを思い出させますね。
カーゲルは最近遠のいてるなぁという感じです。
ちなみに6/2は私の誕生日です。

これやるとどうしてもHymnenの影響は否定できないですね。プッスールの電子音楽もそれを指摘した学生がケルン大学にいました。しかしカーゲルは見ないと決して面白くないので実演の場合はどうなるかわかりません。僕はこの作曲家についてはできるだけ実演に接してCDは集めないことにしています。

しかしこのHymnen(1967)自体もシュネーベルのANM(1958)の影響は全く否定できないです。カールハインツのほうがカラヤンみたいに圧倒的に宣伝が上手いので有名なのですね。でも生前は曲の出所は絶対言わないのが彼の特徴ですね。今ラッヘンマンはシュトックハウゼンのことをカールハインツ・「アルベリッヒ」と茶化していますね。ということでラッヘンンマンのリクエストはいつも傑作だー、傑作だー、といっている「グルッペン」!

よく知ってるね!!さすがだわ〜!!
カーゲルは前着てもらったコンサートで1曲だけやったけど,楽譜でみても全然わからず説明してもらいのが一番だ!という結論に至った覚えがあります。
ところで今年のキュルテンでは何を歌いますか?

ごめんなさい、
Kan-noさんのコメント読んで感想書いちゃいました。。。。

Kazさん>
実際に楽譜見た感じではHYMNENとの関連性は全く感じませんでした。沢山の言語を使っているのが沢山の国家を使っているというごくごく表面上の類似に過ぎないという事です。

HYMNENでは世界中の国家をまとめることによって、地球上のさまざまな国の調和を目論んでますが、カーゲルのこの曲では同じ聖書のテキストの各国語版を使う事によって世界がバラバラになったことを表現している時点で、発想が完全に違っています。

いま日本にいないんですよね。もし会場に来られれば出演者全員でお誕生日をお祝いできるのですが(笑)

Kan-noさん>
シュトックハウゼンは彼の音楽的源泉については様々なところで発言しているはずですが。。。
彼の書いた文章を読んでも、レクチャーのヴィデオを見ても、メシアン、ヴェーベルン、ケージの名前はよく出て来ますし、そうした音楽家たちにいかに影響されたかというのは、ひしひしと伝わってきます。

キュルテンでの講習会で、受講生の誰かが「グルッペン」のポリ・テンポの発想はアイヴズの作品(たしか「ニュー・イングランド〜」)の影響があるのか、と聞いたら、シュトックハウゼンは、その作品のことを知らずに自分で考えついた、しかし後でその作品のことを知り、実際に音楽を聴いて素晴らしい作品だと思ったと、いうように答えていました。

このように新しい事を発見したと思ってもすでに誰かが見つけていたり、たまたまほぼ同時期に別の人が同じような事を思いついたり、というのはよくある事で、一番手が誰か、というのを議論するのはそれほど重要ではないと思いますし、シュトックハウゼンもそうした主張はしていません。
彼がよく言っているのは、「自分の作曲経験の中ではじめて」こういう概念を使った、云々という表現です。

作曲家として重要なのは、そうした新しい概念をいかに徹底的に「展開」するかということの方でしょう。

ソナタ形式の初期の発展に関わった多くの無名の作曲家より、この形式の可能性を徹底的に追求したベートーヴェンの方が偉大であることがそうしたひとつの例であると考えられると思います。

Kazさん>
レスし忘れていた事がありました。
今年の講習会ではインディアナ・リーダーと時間が許せば「ルツィファーの夢」を勉強するつもりです。
ニコラスのレパートリーということと、この2作品をコンサートで歌う予定なのです。

彼は彼より前の作曲家の引用はしますが同時代以降の引用は絶対しません。批判しかしない日地ですね。同時代作曲家にとつもなく冷たい人ですね。まあそこがみんなから嫌われる理由だけど、彼は最後までこういう態度を取ったのでしょうがないですね。彼が自分の作品のことばっかりか考えていてすべてを優先させたのは確かですが、その面が篠原さんらにエゴイストといわれても仕方がないのだろうと思います。

まあそういう風にして彼の余罪を徐々に追及していくのもシュトックハウゼン研究の究極の楽しみではありますが(笑)。将来Wagnerぐらいの地位にはなるかもしれませんね。WikipediaのWagnerの記事をStockhausenと較べると良く一致しますよ。でもそれなりに神じゃなくて人間として面白いです。

>同時代作曲家にとつもなく冷たい人ですね。

そうですか?

リゲティ、ペンデレツキなどを批判しているのも知っていますが、逆にラ・モンテ・ヤングなどのかつての弟子などについて、とても独創的だと誉めていました(昨年の講習会での質疑応答で)。

ちなみに作品に関して色々と批判していたリゲティに対しても、ハンガリーから命からがら亡命してきた当初、色々と身の回りの世話をした話も有名ですよね。

私の友人のドイツ人の作曲家(40代)は時々シュトックハウゼンに自作のCDを送っていますが、とても好意的な内容の感想を手紙で丁寧に送ってくれると嬉しそうに話していました。

知名度、一般的な評価に関わらず、自分の価値観で悪いと思えば容赦なく批判するし、良いと思えば素直に誉める、裏表なくはっきり言うだけだと思いますが。

シュトックハウゼンは自分の弟子には何もしなかったようです。それが返ってそれぞれの個性を深める原因となったのでしょう。不幸中の幸いですね。時々彼がエトヴェシュやH・P・プラッツに言及しているところがありますが、あくまでも指揮者としての評価ですね。私の作品はこう演奏すべきみたいなことばっかりです。弟子の作品がどうのこうのは聴いたことがないですね。彼にとっては[演奏家]は最大のお得意さんでしたから、しかしながらどんなにつまらない奏者にも楽譜をただで送るようにとても親切だったようです。その作曲家に対する好意的な作品の評価は社交辞令だったかもしれませんよ。良くあることです。僕のところにもフランスやイタリアから楽譜を送って来る人がいますが、余り本人を知らないので立ち入った批判は書けませんね。ほとんどは褒めてばっかりいます。実際に会ってすっかり慣れたら別ですが(笑)。彼はTVやラジオのインタビューなどの場で後世の作品を率直に認めた例は見たことがありません。ここにTexteに載ったラッヘンマンの手書きの追悼記事がありまうが、シュトックハウゼンの評価は同じように率直にいいとこと悪いとこをはっきりと科学的・客観的に出すのがここの大多数の作曲家たちの一致した意見でしょう。僕の意見もそれに沿っています。ここがいつも彼の弁護だけに終始してるカティンカやスザンネと全く違うとこでしょう。

>弟子の作品がどうのこうのは聴いたことがないですね

すぐ上のレスをお読み下さい。
私が実際に聞いたことを書いています。

僕も同じく実際に見て聞いたことです。弟子は良く指揮するのでそれについて自分の音楽解釈について注解したのは良く見ましたね。

かまわなかった分シュトックハウゼンの弟子のほうがラッヘンマンの弟子の作品より独創的なのが多いですね。

ニコラウス・A・フーバーも作曲のレッスンは面倒を見すぎたともいわれていますね。

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双子座三重奏団うるう日ライヴ
2012年2月29日19:00-
門仲天井ホール

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中川俊郎:バッハーズ・アロウ
森田泰之進:こうふくのしま
鈴木治行:蛇行
山本哲也:スライドホイッスル三重奏曲
ケージ:ラジオ・ミュージック
ほか

出演:
曽我部清典(トランペット)
中川俊郎(ピアノ)
松平敬(声)

コンサート詳細はこちらまで

■タリス:40声のモテット
(一人の歌手による多重録音)

ご試聴、ご購入は以下まで
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■松平敬 1stアルバム
《MONO=POLI》

 マショーからケージまでの声楽アンサンブル作品を、多重録音によってすべて一人の声のみで演奏したアルバム。
 16声部のリゲティ《ルクス・エテルナ》も収録。

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