「ぼくゴリラ ウホホイウッホ ウホホホホ ウッホホウッホ ウホホホホーイ」
この短歌が、千葉県山武市主催の「第57回左千夫短歌大会」高校生の部で「市長賞」を受賞したそうです(汗
元記事によると「選者の田井安曇さん(78)は『素手でつかんだ本音を歌っているユニークないい歌だ』と評価する。」とのことです(汗
作者の高校生によるとゴリラの孤独感を表したかった、ゴリラのイメージを文字であらわすと「ウ」と「ホ」だったのでこのふたつでまとめたとのことです(汗
ちなみにこの短歌は国語の授業で作って応募したとのことですが、個人的には、冗談半分で作って、入賞してビックリ、後付けで上記の説明を考えたようにしか思えないのは、私が意地悪なのでしょうか。。。
百歩譲って「ゴリラの孤独感を表したかった」というのが本当だとしても、この短歌で描かれたゴリラの気分は楽しげにしか感じられません。
前衛と冗談は紙一重であることを痛感しました。


いや、これは笑えました!
真に、ゲージツです!
選者の品格が問われますね。
>前衛と冗談は紙一重
ナムジュンパイクを思い出しました。
カカカカカ キキキキキキキ ククククク ケケケケケケケ コココココココ
>前衛と冗談は紙一重であることを痛感しました。
何度も読み返すと、ジョイスの作品のようにも思えてくるから不思議です。。。
これはユニークですね。さっそく、俵万智も所属する「心の花」の関係者に通報しました(ホントです・笑)。
エバロッティさん>
ゲージツですね。ゲージュツではなく(笑
モイーズさん>
通報先の皆さんの反応が楽しみですね。
ebakosさん>
書いた本人は気軽な気持ちだったのでしょうけど、このような大きな話にしてしまった選者の責任は大きいですね。
りろさん>
ジョイスにしてもナム・ジュン・パイクにしても、比べるにはあまりに次元が違いすぎるような気がします。。
動物ネタだと草野心平の「蛙」詩集がありますが、こちらともあまりにも次元が違いすぎます。
ゴリラの孤独感をゴリラ語で表現するのは、オッケーです。
それなら、「ぼくゴリラ」などという日本語での「説明」は余計で、どうせやるならすべて「ウ」と「ホ」だけで表現すべきです。
音響的に見ても「ウホホイウッホ〜」はチープ過ぎです。
それに対し、草野の蛙語は「るてえる びる もれとりり がいく」、ありがちな擬音語にとどまらず、音響としても興味深く作っています。
予想に反して当たり障りのない返事が返ってきました(^^;)。
モイーズさん>
たしかに当たり障りないですね。。。
でも「ゴリラ少年」もこれがきっかけで、本格的な歌人に化けたらおもしろいですね。
ウホッ!(とか言っちゃマズいか
> 選者の田井安曇さん(78)は「素手でつかんだ本音を歌っているユニークないい歌だ」と評価する。
デカダンスに陥っているような気がしないでも無いですね…「軽チャー」としての入賞なら分かりますが、表層的すぎて少なくとも「文学」とは言えない気がします。
Yumさん>
>表層的すぎて少なくとも「文学」とは言えない気がします。
そうですね。「これが素手でつかんだ本音を歌っている」となるのなら、
「う●こ出た ブリッブ ブリッブ ブブブブリ〜」なんてものOKでしょうか(汗
僕個人としては、この歌にはゴリラがどうのというよりも、この歌を作った作者の彼の人間味というかそういうものが出ていて、いかにも後付のような解説の雰囲気もあいまって、その作者へ好意を抱きたくさせるようなところがあると感じました。それにそもそも、彼の作品が受賞したのだって、彼意外にこの手のおふざけを書いた人がいなかったからでしょうし、そういう意味では彼がゴリラに仮託して自分の内面の孤独を表現したようにも感じられてしまうのです・・・どちらにせよ、この作品は作者へと興味の焦点が収斂していくタイプの作品だと思います。
nymさん>
元記事にある作者の高校生の写真を見ると、人は悪くなさそうだけど、ちょっと悪戯好きな雰囲気を漂わせていますよね。
これをきっかけに彼が「本気」になったらどうなるのか興味はあります。
(何も起こらない可能性も高いですが。。)