テューバ、コントラ・ファゴット、コントラバスなど任意の低音楽器、またはバス独唱のための作品。
全曲はgis音とそれを半音で取り囲むg, aの3つのピッチを中心とした音高と強度の即興的なゆらぎのみでほとんどの部分が構成されているが、いくつかの部分で突如挿入されるオクターヴ高いa1音(終結部ではg1音に変化する)による叫ぶような効果は聴き手を驚かせる。
楽譜上のいくつかの音符にはcupo(暗く)、chiaro(明るく)と記されているが、楽器または声の特性に応じたミュート、奏法などを駆使してその2種の音色を描き分けることが要求されている。
2007年2月アーカイブ
この作品のための楽譜には通常の五線譜の代わりに、点や曲線などが描かれた6つの透明シートが封入されている。演奏者はこのシートを指定された方法で重ね合わせ、演奏用の楽譜(と歌唱のための意味のない音素からなるテキスト)を作成しなくてはならない。いわば演奏者には、楽譜そのものではなく「楽譜作成キット」が提供されているということになる。
演奏時間などの細部は演奏家に委ねられていて、同時期に作曲された「ピアノと管弦楽のためのコンサート」の任意のパート、「フォンタナ・ミックス」などの不確定性を用いた作品との同時演奏が可能である。
ちなみに本作が2作目となる「声のためのソロ」のシリーズは96作という膨大な分量に及ぶ。
このバリトンと打楽器のための作品は、アイスキュロスのギリシア悲劇3部作を題材とした器楽アンサンブルと合唱のための大作『オレステイア』(1965-66, 1989/92改訂)の挿入楽章として1987年に作曲された。さらにその後バリトン独唱と器楽アンサンブルのための『女神アテナ』(1992)も作曲され挿入されたが、この2つの新しい挿入楽章のバリトン独唱には共通した歌唱テクニックが要求されている。それは通常の発声とファルセットの頻繁な交替である。『カッサンドラ』においては通常のバリトンの声がコロスの長の役割、ファルセットがトロイア王女カッサンドラのセリフの役割をそれぞれを果たすという、いわゆる一人二役を演ずることが要求されているが、全曲にわたってバリトン歌手はこの2つの声をほぼ常にグリッサンドを伴って演奏することが要求され、その音高の動きは何かのグラフを思い起こさせるような延々と続く複雑な曲線で記譜されている。歌詞は上記のギリシア悲劇からとられたギリシア語の膨大な量のテキストから取られているが、このような極めて特殊な歌唱パートと非常にアグレッシヴな打楽器パートの強烈な効果により言葉の意味性はほとんど無化されていると言ってもよいが、カッサンドラの壮絶な人生やこの場面の大まかな状況を知っておくことはこの作品を楽しむためのある程度の助けにもなるであろう。
アポロン神はカッサンドラを愛し百発百中の予言の力を与えたが、彼女に求愛を拒絶されたため、彼は誰も彼女の予言を信じないように呪いをかけた。彼女はトロイ戦争においてギリシア軍の総大将であるミュケナイ王のアガメムノンの捕虜となり、ギリシアへ戻れば彼は殺されると予言をしたが聞き入られず、ミュケナイに帰着した二人は結局予言通りアガメムノンの妻クリュタイムネストラに殺されてしまう。
この作品では、ミュケナイに到着したカッサンドラが自分の目前に迫った悲劇的な運命、アガメムノン一家の呪われた運命を自らの予知能力で感じ取ってしまい半狂乱となるも、最終的には避けることの出来ない運命へと自ら足を踏み出していく様子が描かれている。
この作品はもともとオルゴールのために作曲した12の短いメロディーである。それぞれのメロディーは黄道を回る12の星座に対応し、それぞれに12の異なる中心音(演奏順に中心音を辿ると1オクターヴの半音階を形成する、そして各メロディーは12音のセリーを骨格として構成されている)、12の異なるテンポ(「テンポの半音階」による1オクターヴ分のすべてのテンポが網羅され「テンポのセリー」を形成する)を設定することなどにより、それぞれの星座が持つキャラクターの多様性を反映するように作曲されている。以下は各メロディーの中心音(ここではバリトン独唱用の楽譜の移調による)とテンポを示したものである。
水瓶座(des 50.5)〜魚座(d 120)〜牡羊座(es 107)〜牡牛座(e 160)〜双子座(f 90)〜蟹座(fis 67)〜獅子座(g 95)〜乙女座(as 71)〜天秤座(a 63.5)〜蠍座(b 85)〜射手座(h 151)〜山羊座(c 113.5)
この作品はいかなる楽器、声の組み合わせで演奏しても良いし、実際の星座の順番に合っていればどのメロディーから始めてもよい。これらのメロディーは(丁度オルゴールのように)3〜4回ずつ繰り返して演奏されることが求められているが、1度本来の形、テンポで演奏されれば、残りの繰り返しは演奏者が自由にそのメロディーを変形して演奏することが要求されている。つまり演奏者がある演奏のために自分自身のためのヴァージョンを作成する必要があるという訳である。
シュトックハウゼン自身による声楽を含むリアリゼーションとしては、テノール(またはソプラノ)とシンセサイザーのためのヴァージョンが2003年に作曲されている。
またソプラノ独唱、バス独唱、トランペット、バス・クラリネットと電子音楽のための「SIRIUS シリウス」もTIERKREISの極端に巨大なヴァージョンであるとみなすこともできる。
この作品ではマルクス・クッターによる短い英語のテキストが作曲素材として用いられているが、この、そもそもそれ自身が非常に難解なテキストはいわゆる「歌詞」としては使用されず、抽象的な音響素材として音素の単位にまでバラバラに分解され再構築される。そのため、言葉としての意味がおぼろげながら分かる場面から、完全に抽象的なひびきとしてしか捉えられない場面まで、多彩な声の音色のパレットの上で移ろいゆくことになる。そしてその声の音色のパレットには笑い声や喘ぎ声といった様々な肉体的な感情を伴った唱法も含むため、この意味性のグラデーションはさらに複雑で多面的な様相を帯びることとなる。
「ソング・ブックス」は89曲からなる歌手のための作品集であるが、そのタイトルとは裏腹に「山火事の録音を再生する事」と指示があるだけの「歌」でない作品も含まれている。どの作品をどういう順序で何人の歌手で演奏するかは全く自由で、それぞれの作品も図形楽譜も含む多義的な解釈を必然的に生み出す方法で記譜されているため、演奏者次第で出てくる音の結果は当然全く異なったものとなる。いくつかの作品には声を電子的に変調させるものがあるが、演奏者が電子変調の結果を意図的にコントロールできないように巧みに作曲されているものも多く、唱法の使い分けによる声の音色のパレットをさらに拡張している。
ケージのこうした作曲法は一見演奏者に自由を与えているようであるが、ケージの指示に従って自分自身用の演奏用ヴァージョンを作る作業は実は結構「面倒臭い」ものである。その面で複雑な作業の指示に従う過程で、演奏者は様々な選択や決定をしているにも関わらず、自分の演奏結果をコントロールできないし、もちろん作曲者自体も演奏結果をコントロールできない。こういうところに音楽を「意図」から解き放たれた「音そのもの」に回帰させようというケージの思が反映している。
このバス独唱による4つの小品からなる作品は1960年に作曲された。2曲目と4曲目はトロンボーンのための作品、3曲目はサクソフォーンのための作品を転用したものであるが、あたかも声楽のための作品として作曲されたかのように違和感なくアレンジされている。
どの作品も数個のピッチを執拗に繰り返すことにより呪術的な雰囲気を醸し出している。1曲目は2つの3全音 G-des, c-ges、2曲目はただ一つの音 f、3曲目は c を終止音とするフリギア旋法、4曲目は様々なオクターヴの f, fis, a の頻繁な跳躍を中心に構成され、これらの中心音が、微分音や半音による揺らぎ、倍音列を使った即興的な注釈などによって彩られる。
歌詞は他のシェルシの声楽作品と同様、意味のない音素のみから構成されていて、それらは音色の多様さを得るための目的で使用されている。
