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    <title>現代声楽曲資料集</title>
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    <title>湯浅譲二　《R.D.レインからの二篇》(2005)[楽曲解説]</title>
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    <published>2009-03-10T23:13:36Z</published>
    <updated>2009-06-21T02:15:25Z</updated>

    <summary>　作詞者のR.D.レインはイギリスの精神科医。自己とはなにか、などといったアイデ...</summary>
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        <![CDATA[<p>　作詞者のR.D.レインはイギリスの精神科医。自己とはなにか、などといったアイデンティティにかかわる問題を提起する彼の詩には、統合失調症の患者との体験が反映している。１曲目の〈私は夢を見た〉では、夢を媒介に自己と他者、生と死が交錯するさまが描かれる。２曲目の〈愛は似る　降りくる雪の…〉は、愛の両面性についての詩が、英語の原詩と日本語の訳詩で交互に歌われる。</p>]]>
        
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    <title>中ザワヒデキ：歌曲「順序」(2006)[楽曲解説]</title>
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    <published>2009-03-10T23:11:30Z</published>
    <updated>2009-06-21T02:15:24Z</updated>

    <summary>　声楽家と任意の器楽奏者のための６つの歌曲からなる。歌詞はすべて一、二、三などの...</summary>
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        <![CDATA[<p>　声楽家と任意の器楽奏者のための６つの歌曲からなる。歌詞はすべて一、二、三などの数字のみから構成され、声楽家はこの詞を一定のリズムで朗読する。器楽奏者は、一→ド、二→レ、三→ミなどのように、歌詞の数字を音高に機械的に変換したものを声楽家と同期して演奏する。</p>]]>
        
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    <title>Karlheinz Stockhausen: SPIRAL [楽曲解説]</title>
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    <published>2009-03-10T14:32:07Z</published>
    <updated>2009-06-21T02:15:23Z</updated>

    <summary>　1968年作曲。任意の楽器（声）を演奏するソリストと短波ラジオのための作品。短...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://matsudaira-takashi.jp/koekoe/">
        <![CDATA[<p>　1968年作曲。任意の楽器（声）を演奏するソリストと短波ラジオのための作品。短波ラジオが受信した音声をソリスト が模倣し、＋や＝などの記号で書かれた特殊な楽譜の指示に従ってそれを即興的に変形させていくため、演 奏結果は毎回異なる。曲名のシュピラール（＝螺旋）はこの楽譜の『螺旋記号』に由来する。この記号の箇所は、演奏者は素材を何度も変形させ、その過程で「自分の技術的限界を超越する」ことが要求される。これは、生涯にわたって常に新しい試みを行ったシュトックハウゼン自身の作曲上のモットーでもある。 </p>

<p>＃2008年、東京大学に於けるシュトックハウゼン企画のレクチャーのためにまとめたメモ<br />
SPIRAL (1968)<br />
für einen Solisten mit Kurzwellen-Empfänger</p>

<p>短波ラジオから受信された音声が、ソリストによって模倣、変形、超越される。<br />
ソリストは任意の楽器、声、各種エフェクターなどの電子機器などを単独、あるいは同時に演奏可能である。</p>

<p>この作品は「イヴェント」と呼ばれる小部分の連なりが様々な長さの「休止部」によって区切られる。<br />
各イヴェントは、短波ラジオと楽器（声も含む：以下同様）、又は楽器のみで演奏される。<br />
休止部は完全な沈黙、または弱音で演奏される短波ラジオの音声（ここでラジオのチューニングを変える事も可能）から成る。</p>

<p>楽譜の全部分を演奏することは必須ではなく、任意の波線を開始、終了地点とする事が可能である。</p>

<p>任意の素材が演奏可能な冒頭のイヴェントを例外として、すべてのイヴェントの演奏内容は記譜された+, -, =などの記号に基づく。これは直前のイヴェントの４つの属性（D=持続時間、R=音域、i=強度、G=アタックやアクセントで区切られる文節数）をどのように変形されるかを示す。</p>

<p>+は、より長く、より高く、より強く、文節数をより多く、のいずれか<br />
-は、より短く、より低く、より弱く、文節数をより少なく、のいずれか<br />
=は４つの属性すべてを同じに保つ。</p>

<p>一つの記号には一つの属性の変化が割り当てられる。<br />
複数の記号が組み合わされている場合は、それぞれの記号に別の属性の変化を割り当てる。<br />
以上の割り当ては演奏者によって任意に割り当てられる。<br />
（演奏にあたって、この割り当てや文節数をあらかじめ決めておくことが推奨される）</p>

<p>ちなみに、各「文節」では単一の音（和音）、数音から成る音群、急速な音群による音集合のいずれかからなり、短波ラジオの音量調節を、この文節の明確化のために用いる事も可能である。</p>

<p>イヴェントの素材は直前のイヴェントの場合もあれば、あらたに選択された短波ラジオの音声の場合もある。この選択のタイミングは演奏者の自由である。<br />
短波ラジオの音声の選択に関しては、音楽や話し声などの具体的な音響から、モールス信号、ノイズなどの抽象的な音響までの多様性を得る事が重要である。</p>

<p>「シュピラール記号」<br />
この記号の場所では、指定された+,-などの記号に従って全ての属性を何度か繰り返し変形させる。その過程でこの時点までに使用した演奏技術の限界、楽器自身の限界を超越する事が求められる。このために視覚的、演劇的要素が演奏に持ち込まれてもよい。<br />
そして、そこで拡張したテクニックを保持し、今後のこの作品の演奏で使用する事が求められる。</p>

<p>この作品を何度も演奏する事により、演奏者の音楽的可能性が「螺旋」のように永遠に拡張されている事が目論まれている。</p>

<p>このコンセプトは、シュトックハウゼンの作曲姿勢そのものでもある。<br />
彼の生涯の作品を螺旋上にならべたイラストもある。</p>

<p>・その他の記号<br />
規則的な繰り返し<br />
装飾<br />
エコー<br />
交換<br />
交換→ポリフォニー<br />
（水平的、または和声的）結合<br />
拡張、縮小<br />
予感、回想</p>

<p>---</p>

<p>・作品の立ち位置</p>

<p>KLAVIERSTÜCKE V-X(1954-55)やZEITMASZE(1955-56)では、人間の演奏ゆえに生じる楽曲細部の不確定性を追求。</p>

<p>KLAVIERSTÜCK XI(1956)、ZYKLUS(1959)、REFRAIN(1959)を皮切りに、演奏ごとに楽曲構成自体の異なるような、多義的な作曲法を追求。<br />
但し、演奏素材自体は作曲者によって作られている。</p>

<p>1964年以来、共演を重ねた音楽家たちと、ライヴ・エレクトロニクスも取り入れた即興演奏の試みをはじめる。<br />
ライヴ・エレクトロニクスによるリアルタイムの電子変調の効果は、作品の構造が完全に確定していない方が、その面白さを引き出しやすい。<br />
PROZESSION(1967)では、シュトックハウゼンの過去の作品の断片が+, -などの記号に基づいて変形される。<br />
KURZWELLEN(1968)では短波ラジオの音声に基づいて演奏する。<br />
これらの作品では、演奏素材自体が作曲者のコントロール外におかれ、作曲者は素材の変形の「プロセス」を作曲する。</p>

<p>AUS DEN SIEBEN TAGEN(1968)では、演奏素材は「超意識」の領域から「受信」する。<br />
短い詩のようなテキストが「楽譜」となるが、それまでの+や-の記号で素材を変形させる発想がここにも見られる（50年代以来のセリエルな思考の延長線上）。</p>

<p>ジャズなどの一般的な即興演奏においては、そのジャンル特有のクリシェに基づいている。<br />
シュトックハウゼンはそうした方向性を嫌い、特定のクリシェに基づかない真に自由な即興演奏を求めた。本人は「即興演奏」ということばではなく、「直観音楽」ということばを使用。</p>

<p>#「リタナイ」のテキストの中に、音楽家は自分で何かを生み出すのではなく、高次な存在からのメッセージを聴衆に伝えるメッセンジャー（＝ラジオ受信機）であるという記述がある。</p>

<p>MANTRA(1970)において、旋律素材に基づいて楽曲を構成するフォルメル技法を開発。メロディーという属性は50年代、点や群で作曲していた時期には忌避されていたものだが、新しい意味付けをここで発見。</p>

<p>・なぜ短波ラジオか</p>

<p>どのような演奏素材が出てくるか分からない、ブラックボックスとしての側面。<br />
短波放送の特性により、演奏地点から遠く離れた世界各地の放送も受信可能（cf. TELEMUSIK, HYMNEN）。世界中の様々な言語、音楽を素材とする事ができる。<br />
モールス信号、曲間のリング変調などのノイズ成分のヴァリエーションも豊かなので、楽音から抽象的な電子音響まで様々なレベルの音色を素材として使用できる（cf. KONTAKTE etc.）。</p>

<p>1960年代後半から1970年代前半の作曲状況をみると、不確定性、多義性→即興演奏→直観音楽→フォルメル技法への転換、といった単純な変遷ではなく、様々な作曲法を同時期に使用している事が分かる（下記表）。</p>

<p>例えば、SPIRALはAUS DEN SIEBEN TAGENや直観音楽集の続編FÜR KOMMENDEN ZEITENのいくつかの作品の作曲後に作られ、MANTRAの作曲の合間を縫うように、FÜR KOMMENDEN ZEITENの残る部分が作曲されている。<br />
さらに、この時期の作品には、それまでの詩的で短いテキストでなく、かなり具体的な演奏指示の書かれた長めのテキストによるもの、五線譜でメロディーが記譜されたものも含まれる（JAPAN, CEYLON）。</p>

<p>SPIRALでの素材を変形させる手法は、MANTRAでメロディーを変形させる方法との共通点も多い。</p>

<p>したがって直観音楽からフォルメル技法への移行は一般的に思われているほど、急激な方向転換という訳ではない。<br />
CARRÉ(1959-60)以降、常に全体構造に不確定性をもつスコアを書いていたシュトックハウゼンはMANTRA(1970)を皮切りに（厳密には3分ほどの小品Dr. K - SEXTETTが初）、確定されたスコアによる作曲へと回帰するが、この後も演奏者に独自のヴァージョンを作るようにうながす作品も数多く存在する。</p>

<p>1966年　HYMNEN作曲開始<br />
1967年5月　PROZESSION<br />
1967年11月　HYMNEN完成<br />
1968年2〜３月作曲　STIMMUNG（@アメリカ）<br />
1968年（4月）作曲　KURZWELLEN（初演5月5日）<br />
1968年5月7日〜11日作曲　AUS DEN SIEBEN TAGEN<br />
1968年8月作曲　FÜR KOMMENDEN ZEITENより5曲（ダルムシュタット講習会期間）<br />
1968年9月作曲　SPIRAL（@アメリカ）<br />
1969年1月作曲　Dr. K - SEXTETT<br />
1969年1月〜4月頃　HYMNENオーケストラ版（@アメリカ）<br />
1969年9月22日　FÜR KOMMENDEN ZEITEN「INTERVALL」（@コルシカ）<br />
1969年12月〜70年1月　EXPO<br />
1970年2月4日　FÜR KOMMENDEN ZEITENより3曲（@バリ）<br />
1970年2月　POLE（@バリ）<br />
1970年5月1日〜6月20日　MANTRAのスケッチ（@大阪）<br />
1970年7月4日〜7日に8曲　FÜR KOMMENDEN ZEITEN（＠セイロン）<br />
1970年7月10日〜８月18日　MANTRA（@キュルテン）</p>]]>
        
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    <title>Karlheinz Stockhausen: AM HIMMEL WANDRE ICH [楽曲解説]</title>
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    <published>2009-03-10T14:25:18Z</published>
    <updated>2009-06-21T02:15:22Z</updated>

    <summary>　1972年、シュトックハウゼンは、14の部屋で様々な音楽イベントが同時に演奏さ...</summary>
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        <category term="Karlheinz Stockhausen" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://matsudaira-takashi.jp/koekoe/">
        <![CDATA[<p>　1972年、シュトックハウゼンは、14の部屋で様々な音楽イベントが同時に演奏されるインスタレーション的な作品《リエージュのためのアルファベット》を作曲した。そこに含まれる、二人の歌手のための《AM HIMMEL WANDRE ICH 私は空を散歩する》は、独立した作品としても上演可能である。<br />
　アメリカン・インディアンに伝わる詩や祈りのことば（の英訳）から12のテキストが選ばれ、それらが、意味を持たない音素、演奏者によって任意に選ばれる名前の呼びかけなどと組み合わされる。それぞれのテキストは、夢、愛、死、幻視などの異なる雰囲気を持ち、楽譜にも詳細に指示された演劇的な要素と結びつく事により、作品全体が一種の神秘的な儀式のように演じられることになる。<br />
　演奏時間約50分の全曲の旋律素材は、12音のピッチのセリーから導き出される。１曲目はその冒頭の１音のみ、２曲目ははじめの２音のみ、などと１曲ごとに構成音を増し、最後の12曲目でセリーの全体が使用される。それぞれの曲で新たに加わったピッチが、そこでの中心音としての役割をはたすことにより、このセリーが長大な作品の全体構造をも規定する事になる。最低音の第１音から最高音の第12音へと、うねるように上昇していくこのセリーは、テキストの内容とも連関して、全曲にわたって螺旋を描きながら昇天していくかのような印象を与える。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>Cornelius Cardew: Volo Solo(1965)[楽曲解説]</title>
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    <published>2008-02-05T11:38:01Z</published>
    <updated>2009-06-21T02:15:21Z</updated>

    <summary>　文字通りは演奏不可能な極めて入り組んだ楽譜（大譜表）の出来るだけたくさんの音符...</summary>
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        <category term="Cornelius Cardew" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://matsudaira-takashi.jp/koekoe/">
        <![CDATA[<p>　文字通りは演奏不可能な極めて入り組んだ楽譜（大譜表）の出来るだけたくさんの音符を、出来るだけ速く演奏されることが求められている。楽器の組み合わせ、演奏者の人数は自由であるが、単一の楽譜のそれぞれのセクションを同時に開始し、その後は各自の演奏技量によってバラバラに終了する「かけっこ」方式で演奏される。ちなみにこの作品は彼の図形楽譜による記念碑的大作「論文」の派生作品である。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>John Cage: Ryoanji(1983)[楽曲解説]</title>
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    <published>2008-02-05T11:23:53Z</published>
    <updated>2009-06-21T02:15:19Z</updated>

    <summary>　京都の龍安寺に触発されたこの作品にはオーボエ、コントラバスなど数種類のソロ楽器...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://matsudaira-takashi.jp/koekoe/">
        <![CDATA[<p>　京都の龍安寺に触発されたこの作品にはオーボエ、コントラバスなど数種類のソロ楽器のための版があり、それぞれの版は単独または重ね合わされて演奏される。版の組み合わせ方は自由であるが、必ず打楽器またはオーケストラによるオブリガートとともに演奏されなくてはならない。 <br />
　終始ゆっくりとしたグリッサンドで演奏されるメロディー（石を定規代わりにして描かれた曲線で記譜されている）と、乾いた音色で演奏されるオブリガートの静止したリズム（12～15拍の長さの各ユニットごとに、様々にに配置された５つの音符が演奏される）の組み合わせは龍安寺の石庭を連想させる。 <br />
　声のための版では、ライヴで演奏されるパートと事前録音された最大3声のパート（省略可）が同時に演奏される。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>John Cage: Sixty-Two Mesostics re Merce Cunningham (1971) [楽曲解説]</title>
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    <published>2008-02-05T11:21:22Z</published>
    <updated>2009-06-21T02:15:18Z</updated>

    <summary>マイクで増幅された無伴奏の声のための作品。  　Mesosticとは複数の行から...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://matsudaira-takashi.jp/koekoe/">
        <![CDATA[<p>マイクで増幅された無伴奏の声のための作品。 <br />
　Mesosticとは複数の行から構成されたテキストの中央に特定の文字列が縦に表れるように配置したもの。 <br />
62のMesosticから成る本作品ではMerceまたはCunninghamの文字列が使用されている。テキストはMerce Cunninghamの著書や彼の蔵書から易経によって無作為に抽出されている。 <br />
　それぞれのMesosticは1文字ずつフォント、サイズなどが異なっていて、さらにテキスト全体が一つのオブジェに見えるように配置されている。 <br />
　演奏に際しても、一塊のテキストを単一の叫び声であるかのように中断なく演奏されることが求められている。フォントやサイズの違いは唱法の様々な違いとして即興的に解釈される。 <br />
　少なくとも５つのMesosticが長い沈黙によってはっきりと分離されて演奏されなくてはならない。演奏者は、Mesosticの演奏時間とそれに続く沈黙を合わせた時間が一定の時間になるように設定するが、この時間は1分30秒以上でなくてはならない（例えば1分30秒と設定した場合、Mesosticを30秒で演奏したとするとその後の沈黙は1分となる）。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>John Cage: Music for One(1984)[楽曲解説]</title>
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    <published>2008-02-05T11:19:32Z</published>
    <updated>2009-06-21T02:15:17Z</updated>

    <summary>　「Music for」という未完成のタイトルのついた声や種々の楽器のための一連...</summary>
    <author>
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        <category term="John Cage" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://matsudaira-takashi.jp/koekoe/">
        <![CDATA[<p>　「Music for」という未完成のタイトルのついた声や種々の楽器のための一連のパート譜は、任意の重ね合わせで演奏可能である。例えば、3人で演奏する場合なら「Music for Three」とタイトルが完成される。 <br />
　本日は声のためのパート譜のみを使用した一人の演奏者による演奏である。 <br />
　「piece」と「interlude」と名付けられた断片の連なりにより、この作品は構成されている。それぞれの断片の開始時間、終了時間はタイム・ブランケットという晩年のケージが好んだ方法で規定されている（例えば断片のはじめに「2'25"↔3'25"」と記されていれば2分25秒から3分25秒の間の任意の時間に演奏を開始する、など）。 <br />
　「piece」は沈黙で区切られた単一の弱音の繰り返しと、レガートで演奏される子音や母音の連なりの2種類のイヴェントの組み合わせで構成されているが、ピッチに関しては全く記譜されていない。 <br />
　「interlude」では相対的なピッチとアーティキュレーションの記されたメロディーの断片を自由なヴォカリーズで歌う。 <br />
　全体を演奏すると30分になるが、その中の連続した任意の部分のみの上演も可能である。</p>]]>
        
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    <title>Giacinto Scelsi: Maknongan [楽曲解説]</title>
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    <published>2007-02-02T04:54:59Z</published>
    <updated>2009-06-21T02:15:16Z</updated>

    <summary>　テューバ、コントラ・ファゴット、コントラバスなど任意の低音楽器、またはバス独唱...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://matsudaira-takashi.jp/koekoe/">
        <![CDATA[<p>　テューバ、コントラ・ファゴット、コントラバスなど任意の低音楽器、またはバス独唱のための作品。<br />
全曲はgis音とそれを半音で取り囲むg, aの３つのピッチを中心とした音高と強度の即興的なゆらぎのみでほとんどの部分が構成されているが、いくつかの部分で突如挿入されるオクターヴ高いa<sup>1</sup>音（終結部ではg<sup>1</sup>音に変化する）による叫ぶような効果は聴き手を驚かせる。<br />
楽譜上のいくつかの音符にはcupo（暗く）、chiaro（明るく）と記されているが、楽器または声の特性に応じたミュート、奏法などを駆使してその2種の音色を描き分けることが要求されている。</p>]]>
        
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    <title>John Cage: Solo for Voice 2[楽曲解説]</title>
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    <published>2007-02-02T04:52:14Z</published>
    <updated>2009-06-21T02:15:15Z</updated>

    <summary>　この作品のための楽譜には通常の五線譜の代わりに、点や曲線などが描かれた6つの透...</summary>
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        <name>takashi</name>
        
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        <![CDATA[<p>　この作品のための楽譜には通常の五線譜の代わりに、点や曲線などが描かれた6つの透明シートが封入されている。演奏者はこのシートを指定された方法で重ね合わせ、演奏用の楽譜（と歌唱のための意味のない音素からなるテキスト）を作成しなくてはならない。いわば演奏者には、楽譜そのものではなく「楽譜作成キット」が提供されているということになる。<br />
　演奏時間などの細部は演奏家に委ねられていて、同時期に作曲された「ピアノと管弦楽のためのコンサート」の任意のパート、「フォンタナ・ミックス」などの不確定性を用いた作品との同時演奏が可能である。<br />
　ちなみに本作が2作目となる「声のためのソロ」のシリーズは96作という膨大な分量に及ぶ。</p>]]>
        
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    <title>Iannis Xenakis: Kassandra [楽曲解説]</title>
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    <published>2007-02-02T04:49:38Z</published>
    <updated>2009-06-21T02:15:14Z</updated>

    <summary>　このバリトンと打楽器のための作品は、アイスキュロスのギリシア悲劇3部作を題材と...</summary>
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        <name>takashi</name>
        
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://matsudaira-takashi.jp/koekoe/">
        <![CDATA[<p>　このバリトンと打楽器のための作品は、アイスキュロスのギリシア悲劇3部作を題材とした器楽アンサンブルと合唱のための大作『オレステイア』(1965-66, 1989/92改訂)の挿入楽章として1987年に作曲された。さらにその後バリトン独唱と器楽アンサンブルのための『女神アテナ』(1992)も作曲され挿入されたが、この２つの新しい挿入楽章のバリトン独唱には共通した歌唱テクニックが要求されている。それは通常の発声とファルセットの頻繁な交替である。『カッサンドラ』においては通常のバリトンの声がコロスの長の役割、ファルセットがトロイア王女カッサンドラのセリフの役割をそれぞれを果たすという、いわゆる一人二役を演ずることが要求されているが、全曲にわたってバリトン歌手はこの２つの声をほぼ常にグリッサンドを伴って演奏することが要求され、その音高の動きは何かのグラフを思い起こさせるような延々と続く複雑な曲線で記譜されている。歌詞は上記のギリシア悲劇からとられたギリシア語の膨大な量のテキストから取られているが、このような極めて特殊な歌唱パートと非常にアグレッシヴな打楽器パートの強烈な効果により言葉の意味性はほとんど無化されていると言ってもよいが、カッサンドラの壮絶な人生やこの場面の大まかな状況を知っておくことはこの作品を楽しむためのある程度の助けにもなるであろう。<br />
　<br />
　アポロン神はカッサンドラを愛し百発百中の予言の力を与えたが、彼女に求愛を拒絶されたため、彼は誰も彼女の予言を信じないように呪いをかけた。彼女はトロイ戦争においてギリシア軍の総大将であるミュケナイ王のアガメムノンの捕虜となり、ギリシアへ戻れば彼は殺されると予言をしたが聞き入られず、ミュケナイに帰着した二人は結局予言通りアガメムノンの妻クリュタイムネストラに殺されてしまう。<br />
　この作品では、ミュケナイに到着したカッサンドラが自分の目前に迫った悲劇的な運命、アガメムノン一家の呪われた運命を自らの予知能力で感じ取ってしまい半狂乱となるも、最終的には避けることの出来ない運命へと自ら足を踏み出していく様子が描かれている。</p>]]>
        
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    <title>Karlheinz Stockhausen: TIERKREIS（十二宮） [楽曲解説]</title>
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    <published>2007-02-02T04:38:17Z</published>
    <updated>2009-06-21T02:15:13Z</updated>

    <summary>　この作品はもともとオルゴールのために作曲した12の短いメロディーである。それぞ...</summary>
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        <name>takashi</name>
        
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        <category term="Karlheinz Stockhausen" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://matsudaira-takashi.jp/koekoe/">
        <![CDATA[<p>　この作品はもともとオルゴールのために作曲した12の短いメロディーである。それぞれのメロディーは黄道を回る12の星座に対応し、それぞれに12の異なる中心音（演奏順に中心音を辿ると1オクターヴの半音階を形成する、そして各メロディーは12音のセリーを骨格として構成されている）、12の異なるテンポ（「テンポの半音階」による1オクターヴ分のすべてのテンポが網羅され「テンポのセリー」を形成する）を設定することなどにより、それぞれの星座が持つキャラクターの多様性を反映するように作曲されている。以下は各メロディーの中心音（ここではバリトン独唱用の楽譜の移調による）とテンポを示したものである。</p>

<p>水瓶座(des 50.5)〜魚座(d 120)〜牡羊座(es 107)〜牡牛座(e 160)〜双子座(f 90)〜蟹座(fis 67)〜獅子座(g 95)〜乙女座(as 71)〜天秤座(a 63.5)〜蠍座(b 85)〜射手座(h 151)〜山羊座(c 113.5)</p>

<p>この作品はいかなる楽器、声の組み合わせで演奏しても良いし、実際の星座の順番に合っていればどのメロディーから始めてもよい。これらのメロディーは（丁度オルゴールのように）3〜4回ずつ繰り返して演奏されることが求められているが、1度本来の形、テンポで演奏されれば、残りの繰り返しは演奏者が自由にそのメロディーを変形して演奏することが要求されている。つまり演奏者がある演奏のために自分自身のためのヴァージョンを作成する必要があるという訳である。</p>

<p>シュトックハウゼン自身による声楽を含むリアリゼーションとしては、テノール（またはソプラノ）とシンセサイザーのためのヴァージョンが2003年に作曲されている。<br />
またソプラノ独唱、バス独唱、トランペット、バス・クラリネットと電子音楽のための「SIRIUS シリウス」もTIERKREISの極端に巨大なヴァージョンであるとみなすこともできる。</p>]]>
        
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    <title>Luciano Berio: Sequenza III [楽曲解説]</title>
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    <published>2007-02-02T04:34:35Z</published>
    <updated>2009-06-21T02:15:11Z</updated>

    <summary>　この作品ではマルクス・クッターによる短い英語のテキストが作曲素材として用いられ...</summary>
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        <![CDATA[<p>　この作品ではマルクス・クッターによる短い英語のテキストが作曲素材として用いられているが、この、そもそもそれ自身が非常に難解なテキストはいわゆる「歌詞」としては使用されず、抽象的な音響素材として音素の単位にまでバラバラに分解され再構築される。そのため、言葉としての意味がおぼろげながら分かる場面から、完全に抽象的なひびきとしてしか捉えられない場面まで、多彩な声の音色のパレットの上で移ろいゆくことになる。そしてその声の音色のパレットには笑い声や喘ぎ声といった様々な肉体的な感情を伴った唱法も含むため、この意味性のグラデーションはさらに複雑で多面的な様相を帯びることとなる。</p>]]>
        
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    <title>John Cage: Song Books[楽曲解説]</title>
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    <published>2007-02-02T04:26:51Z</published>
    <updated>2009-06-21T02:15:10Z</updated>

    <summary>「ソング・ブックス」は89曲からなる歌手のための作品集であるが、そのタイトルとは...</summary>
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        <name>takashi</name>
        
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        <![CDATA[<p>「ソング・ブックス」は89曲からなる歌手のための作品集であるが、そのタイトルとは裏腹に「山火事の録音を再生する事」と指示があるだけの「歌」でない作品も含まれている。どの作品をどういう順序で何人の歌手で演奏するかは全く自由で、それぞれの作品も図形楽譜も含む多義的な解釈を必然的に生み出す方法で記譜されているため、演奏者次第で出てくる音の結果は当然全く異なったものとなる。いくつかの作品には声を電子的に変調させるものがあるが、演奏者が電子変調の結果を意図的にコントロールできないように巧みに作曲されているものも多く、唱法の使い分けによる声の音色のパレットをさらに拡張している。 <br />
ケージのこうした作曲法は一見演奏者に自由を与えているようであるが、ケージの指示に従って自分自身用の演奏用ヴァージョンを作る作業は実は結構「面倒臭い」ものである。その面で複雑な作業の指示に従う過程で、演奏者は様々な選択や決定をしているにも関わらず、自分の演奏結果をコントロールできないし、もちろん作曲者自体も演奏結果をコントロールできない。こういうところに音楽を「意図」から解き放たれた「音そのもの」に回帰させようというケージの思が反映している。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>Giacinto Scelsi: WO MA [楽曲解説]</title>
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    <published>2007-02-02T04:20:25Z</published>
    <updated>2009-06-21T02:15:09Z</updated>

    <summary>このバス独唱による4つの小品からなる作品は1960年に作曲された。2曲目と4曲目...</summary>
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        <category term="Giacinto Scelsi" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://matsudaira-takashi.jp/koekoe/">
        <![CDATA[<p>このバス独唱による4つの小品からなる作品は1960年に作曲された。2曲目と4曲目はトロンボーンのための作品、3曲目はサクソフォーンのための作品を転用したものであるが、あたかも声楽のための作品として作曲されたかのように違和感なくアレンジされている。 <br />
どの作品も数個のピッチを執拗に繰り返すことにより呪術的な雰囲気を醸し出している。1曲目は2つの3全音 G-des, c-ges、2曲目はただ一つの音 f、3曲目は c を終止音とするフリギア旋法、4曲目は様々なオクターヴの f, fis, a の頻繁な跳躍を中心に構成され、これらの中心音が、微分音や半音による揺らぎ、倍音列を使った即興的な注釈などによって彩られる。 <br />
歌詞は他のシェルシの声楽作品と同様、意味のない音素のみから構成されていて、それらは音色の多様さを得るための目的で使用されている。</p>]]>
        
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