このバリトンと打楽器のための作品は、アイスキュロスのギリシア悲劇3部作を題材とした器楽アンサンブルと合唱のための大作『オレステイア』(1965-66, 1989/92改訂)の挿入楽章として1987年に作曲された。さらにその後バリトン独唱と器楽アンサンブルのための『女神アテナ』(1992)も作曲され挿入されたが、この2つの新しい挿入楽章のバリトン独唱には共通した歌唱テクニックが要求されている。それは通常の発声とファルセットの頻繁な交替である。『カッサンドラ』においては通常のバリトンの声がコロスの長の役割、ファルセットがトロイア王女カッサンドラのセリフの役割をそれぞれを果たすという、いわゆる一人二役を演ずることが要求されているが、全曲にわたってバリトン歌手はこの2つの声をほぼ常にグリッサンドを伴って演奏することが要求され、その音高の動きは何かのグラフを思い起こさせるような延々と続く複雑な曲線で記譜されている。歌詞は上記のギリシア悲劇からとられたギリシア語の膨大な量のテキストから取られているが、このような極めて特殊な歌唱パートと非常にアグレッシヴな打楽器パートの強烈な効果により言葉の意味性はほとんど無化されていると言ってもよいが、カッサンドラの壮絶な人生やこの場面の大まかな状況を知っておくことはこの作品を楽しむためのある程度の助けにもなるであろう。
アポロン神はカッサンドラを愛し百発百中の予言の力を与えたが、彼女に求愛を拒絶されたため、彼は誰も彼女の予言を信じないように呪いをかけた。彼女はトロイ戦争においてギリシア軍の総大将であるミュケナイ王のアガメムノンの捕虜となり、ギリシアへ戻れば彼は殺されると予言をしたが聞き入られず、ミュケナイに帰着した二人は結局予言通りアガメムノンの妻クリュタイムネストラに殺されてしまう。
この作品では、ミュケナイに到着したカッサンドラが自分の目前に迫った悲劇的な運命、アガメムノン一家の呪われた運命を自らの予知能力で感じ取ってしまい半狂乱となるも、最終的には避けることの出来ない運命へと自ら足を踏み出していく様子が描かれている。
