今年の講習会では私が2001年に演奏した「ティアクライス」が講師陣により演奏されました。今回演奏されたのはシュトックハウゼン自身による3人の奏者のためのヴァージョンでクラリネット、フルート(ピッコロ持ち替え)、トランペット(ピアノ持ち替え!)という楽器編成です。透明感に満ちた非常に美しいヴァージョンで、メロディーの変容やテンポ、音色の変化なども作曲者ならではの創意と変化に満ちたものです。「ティアクライス」の録音は巷に色々なヴァージョンのものが出回っていますが、ほとんどのものがメロディーをなぞっただけの創意工夫のないものです(数少ない例外はマルクス・シュトックハウゼンによるトランペットとオルガンによる非常に神々しい響きを持つヴァージョンでしょう)。少なくとも現在出回っているものの中ではシュトックハウゼン自身によるこのトリオ・ヴァージョンのものが最良だと思いますので、それを聴くことによってこの作品に秘められた可能性をより多くの人々に感じ取ってもらえれば、と思います。演奏内容ですが、この作品は数あるシュトックハウゼン作品の中ではテクニック的には容易なものの部類に入りますので、シュトックハウゼンの難曲を何曲も手がけているマルコ、カティンカ、スージーの3人の演奏は非常にリラックスした余裕の感じられるものでした。
シュトックハウゼン自身による「ティアクライス」の版で決して忘れてはならないのが「シリウス」という別の作品へと発展していった非常に巨大で複雑なヴァージョンです。この作品は言ってみれば「ティアクライス」にさまざまな注釈を付けながらソプラノ、バス、トランペット、バスクラリネット、8チャンネルの電子音楽で演奏する超巨大版と言ってもいいのですが、さらにこの「シリウス」からいくつかの派生版も作曲されています。トランペットと電子音楽のための「アリエス(牡羊座)」、バス・クラリネットと電子音楽のための「リブラ(天秤座)」そして今回演奏されたバス独唱と電子音楽のための「カプリコーン(やぎ座)」です。
この曲は「シリウス」の冬の星座にあたる部分をバスと電子音楽で演奏するのですが、ここで要求されているバスの声種はBasso profonso というバスの中でも極端に低い声で、低いD音まで要求されます。この「カプリコーン」も非常に低い声域のバスの声と極端に低音域に偏った重厚な電子音から始まり、「低音フェチ」にとっては至福の響きといえます(笑)。この重低音はもちろん家庭用のスピーカーでは決して再生できないものですし、生楽器の演奏者が「シリウス」のオリジナル版よりも減ることによって8チャンネルの極めて複雑な電子音楽がよりクリアーに聞こえてくるのは、生演奏ならではの楽しみですが、残念だったのがバスの声と電子音楽のバランスです。リハーサルで電子音の音響のセッティングでかなりトラブルがあったようなのですが、それと関係してか声が電子音に隠れがちでニコラス・イシャーウッドの気合いの入った演奏をあまり楽しむことができなかったのです。これまで録音のなかったこの作品も最近になってようやくCD化されたので理想的なバランスでこの作品を味わい直したいと思います。
ちなみにソプラノと電子音楽のための「キャンサー(蟹座)」というのもあってもよさそうですが、このヴァージョンだけは現時点での作品表には載っていません。