Tierkreis in Kuerten

 昨年2000年に引き続き、今年2001年もシュトックハウゼン講習会に参加しました。昨年度のレポートにも書いたようにこの講習会では講師により選出された受講生がシュトックハウゼン本人の指導のリハーサルを受け、コンサートで演奏することができますが、今年は私もこのコンサートに出演することができ、非常に有意義な講習会となりました。
 
 今回演奏したのが「ティアクライス」のヴォイス・ソロ版です。昨年度のレポートにも書いたように、この作品は演奏者が自分用のヴァージョンを自由に作ることが求められていて、私は昨年の講習会からニコラス・イシャーウッドと共にこのヴォイス・ソロ・ヴァージョンを作成していました。私は東京、ニコラスはパリに住んでいて、講習会が終わった後は当然簡単に会うことはできないので、私が自宅で録音して作ったCD-Rをパリに送り、それについてメールでやりとりをして、ヴァージョンを発展させ、その成果を再び録音して、というような作業を1年間に渡って続けてきました。
 もちろん、お互いにほかのプロジェクトが色々とあって、中断していた時期もありますが、このシステムのお陰で、この1年間、私の頭の中には常に「ティアクライス」のことが頭の中にありました。
 ニコラスが今回のヴァージョン作成にあたって私に何度も言い続けていたのが、それぞれの星座のメロディーを変型させる際に、それが常に星座のキャラクターを反映するように、ということでした。「ティアクライス」は12のそれぞれの星座(正確に言えば「12宮」)について12個のメロディーを作曲して、それぞれが12の違った中心音(演奏順にならべると1オクターヴの半音階になります)と12の違ったテンポ(もちろんテンポの半音階のすべてを網羅しています)を持つように構成していますが、これも12種類のキャラクターの違いを出すための工夫なので、ヴァージョンの作成にあたってもそうした作曲上の特徴を生かすようにというのが彼の意図でした。
 シュトックハウゼンの指定は、各メロディーを3回か4回繰り返す、一度メインとなる言語、オリジナルのメロディーをオリジナルのテンポで歌えば、それ以外の繰り返しではどのようにメロディーを変形しても良い、ということで、これはスコア上の指定からの印象よりもはるかに大きな可能性があるのですが、例えばギドン・クレメルの演奏はほとんどそのままメロディーを繰り返しているだけで、この作品に秘められた可能性をほとんど何も使っていないということになります。
 私は12個のメロディーの12個の特徴をハッキリと区別させるために、すべての繰り返しをそれぞれ違った方法で変形させました。
 ピアノなどの和声楽器と一緒に演奏するのであれば楽器の組み合わせを変えるなど可能性はより大きいのですが、無伴奏ヴォイス・ソロという形態ではそもそも可能性が限られているので、このヴァリエーションを考えるという作業は困難を極めました。
 メロディーの一部の音の省略、強調、テンポの変化、フェルマータ、様々な特殊唱法、体を使った補助的なノイズなど、ありとあらゆるテクニックやアイデアを尽くしてヴァージョンを発展させ続けていましたが、キュルテンに着いた時点(演奏会の1週間前)では、これらのすべてが完全に確定していた訳ではありませんでした。
 
 ニコラスは去年の時点から、今年のステューデント・コンサートに出ることになる、とはずっと言っていたのですが、これはもちろん公式の発言では全くない訳で、キュルテンに着いた後も、私が本当に演奏をすることになるのかどうかは半信半疑のままでした。日程などのことも含めて正式な知らせを受けたのが演奏の数日前、短期間で演奏を仕上げなくてはいけないという、極度の緊張を強いられる講習会の前半でした。
 ヴァージョンはキュルテンに到着してからより一層作り直されることになります。
 一番大きな変化は、補助的に(半音階の)12個のリンを使うというニコラスの提案です。もともとの発想は各曲の中心音をそれぞれのメロディーの前に鳴らすというチューニング的な発想でした。
 半音階のリンは「祈り」で効果的に使われていますが、シュトックハウゼン自身がこの楽器を所有しているので、当初はシュトックハウゼンからスザンヌ(スージー)・スティーヴンス経由で使わせてもらえる予定だったのが、どういう訳かシュトックハウゼンから使用の許可が出ず(おそらく非常に貴重な楽器なので他人の手に渡したくなかったのでしょう)、あわててニコラスの知人の経営するケルンの楽器店からレンタルすることになり、結局楽器が到着したのが演奏会の前日でした。
 このリンを、円形に並べた12個のテーブルの上に置き、曲ごとにこのテーブルの間を移動して作品全体で12個のテーブルをぐるっと一周するという大まかな構想(これはスコアの表紙のデザインも反映しています)はリンを使うことを決定した時点で固まっていましたが、これを実際の道具や楽器類すべてを使って練習することができたのが演奏会の前日という異常な状況だった訳です。
 しかも、ニコラスという人はアイデアのデパートのような人で、リンが到着するや否や、どうせ使うのなら12個全部違うやり方で使ってみよう、と急に言い出して、これも(当然演奏会の前日に)二人で知恵を絞って12種類のリンの使い方を考えました。
 メロディーの始まる前のリンの鳴らし方の変化(回数、リズム、マレットの使い方など)、ある曲ではマレットでリンを擦って持続音を出したり、リンを鳴らしながら演奏したり、ある曲のメロディーまるごとのリズムを(1つの)リンだけで演奏したりなど、極めて厳しい制約の中で、ともかく12種類の演奏法を数時間の間に決定しました。
 
 純粋な音楽的要素以外で重要だったのがジェスチャーです。特に「祈り」以降のシュトックハウゼン作品において、音楽的要素とジェスチャーの結びつきは非常に強くなり、「ティアクライス」のようなスコア上に何のジェスチャーやアクションの指定のない作品でも、シュトックハウゼンは何らかの動きを伴うことを明らかに好む傾向があるのです。
 去年「祈り」の演奏で印象的なパフォーマンスを披露した舞踏家アラン・ルアフィ(モーリス・ベジャールとも深い関わりのある素晴らしいダンサーです)からジェスチャーに関して非常に貴重なアドヴァイスを頂くことも出来ました。基本的なアイデアとしてはそれぞれの星座に1つのシンボル的なジェスチャーを決めるというもので、キュルテンに行く前から自分なりにジェスチャーは考えていました。それをアランに一つずつ見てもらったのですが、アランがこういう方がいいんじゃない、といって即興的に作ったジェスチャーがあまりに素晴らしく、結局全体の3分の2はアランのアイデアをそのまま採用することにした程です。たった二本の腕から何故このように多才なジェスチャーができるのかと非常に驚きましたし、1時間位の短時間ながら一緒にアイデアを考えた体験は私にとって非常に貴重なものでした。アランによる「祈り」のレッスンも聴講したのですが、ジェスチャーを決める時、あるジェスチャーから違うジェスチャーへ動く時、これらのどの瞬間にも強いエネルギーのようなものが感じられ、これもとても勉強になりました。
 
 この講習会の講師はそれぞれ、トランペット、クラリネット、フルート、打楽器、ピアノ、シンセサイザーの各楽器奏者、二人の歌手(ソプラノ、バス)、ダンサーという幅広い分野から構成されていますが、これらの講師一人一人は技術的に優れているのはもちろんのこと、人間的にも素晴らしく、どの講師でも何かあれば、気楽にアドヴァイスを求めることができるフレンドリーな雰囲気があります。
 そういう訳で、本来はニコラスのクラスで登録されていた私が、昨年はアネット・メリウェザー、今年はアラン・ルアフィに貴重なアドヴァイスを頂けた訳です。
 
 こうして、ぎりぎりの段階でヴァージョンを完成させ、ついに演奏会当日がやってきました。この講習会ではリハーサルは毎日午前10時から行われますが、私はリハーサルの順序が一番始めとなり、少し早めに会場へ入り楽器などのセッティングをし、落ち着く間もなくシュトックハウゼン本人によるリハーサルの開始時間を迎えました。
 シュトックハウゼンのリハーサルは場合によっては非常に細かく、厳しいものになるという噂は知っていましたし、他の人のリハーサルでそれを実際にも見ていましたから、はじめの内は今まで体験したことのないくらい異常に緊張してしまいました。もちろん世界的な大作曲家と一緒に音楽を作るという緊張感もありましたし、自分のヴァージョンがシュトックハウゼンに果たして受け入れられるのだろうかという不安もありました。そして、そもそもそのヴァージョンが確定したのが前日だったので音楽的なことと様々なジェスチャーなど、もたもたせずにきちんと出来るのか(もちろん暗譜で演奏しました)という根本的な不安もあり、まさにその場を逃げ出したくなるような恐ろしい気持ちになりました。ニコラスは前日に、「明日のリハーサルではライオン(シュトックハウゼンは獅子座です)が日本食を食らうぞ」なんて冗談を言ってましたが、この時はまさにそういう状況でした。
 そしてもう一つ大きなプレッシャーだったのが声楽ではあまり例のない無伴奏ソロという形態です。音程の面でかなりリスクがありますし、歌詞か何かを忘れて演奏が一瞬でも止まってしまった場合だれもフォローする人がいないので音楽自体が止まってしまう、そんな恐怖すら感じながらリハーサルはスタートしました。
 リハーサルといっても、もう演奏会当日ですから、全体を止めずに通すだけです(いわゆるゲネプロ)。全体の演奏時間は約25分、始めの内はあまりの緊張のため演奏も多少ぎくしゃくしたものだったのですが、演奏が進むにつれ緊張も解けてきて、後半当たりではすっかりリラックスして演奏することが出来ました。
 そして全体の演奏が終わり、シュトックハウゼンがどのようなことを言うか非常に不安だったのですが、驚くべきことにシュトックハウゼンは私のヴァージョンをとても気に入ってくれたのです。
 音程やアーティキュレーションなど若干のダメ出しがあったものの、あとはもっとこういう風にやればヴァージョンが面白くなるよ、という提案(つまりその日の演奏会とは関係ない話)などで、その日の演奏会に関しては3ケ所程のヴァージョンの改訂を要求され(といっても最終的には私に任せるということだったのですが)、シュトックハウゼンのリハーサルの後にニコラスと一緒に代替案を考え、夜に備えました。
 
 シュトックハウゼンというとどうしても極度にシリアスな音楽の作曲家というイメージが一般的に持たれていますが、この「ティアクライス」は彼の作品の中でも最も親しみやすい作品の一つと言えます。12の星座のキャラクターを12のメロディーで表す、というコンセプトも単純明快なものですが、もともとがオルゴールのために作曲されたという経緯が音楽を可愛らしく親しみやすくした要因になっているのだと思います。
 異様な緊張感につつまれたリハーサルで演奏しながら、前日のレッスンでニコラスが「リンはおもちゃだと思って楽しく遊べ」と言った言葉を思い出し、私のヴァージョンに対して一種の状況設定を試みました。
 それは、リンを一種の魔法の道具と見立てるということです。リンを叩くと、それぞれに対応した星座のメロディーがオルゴールのように流れ、その星座のキャラクターがしばらくの間私自身に憑依(というとちょっと大袈裟ですが)してメロディーが終わると本来の私自身に戻る、という設定です。そのように作品をとらえ直すと演奏するのがものすごく楽しく感じられるようになってきました。
 
 ともかく、ある意味では演奏会の本番よりも精神的に過酷だったリハーサルも無事に終え、長い長い午後の待ち時間(演奏会は午後8時開演で私の出番は午後9時頃)を完全にリラックスした状態で過ごしましたが、その間に会った何人かの人からリハーサルに対しての好意的な感想を頂き、演奏自体にもだんだん自信が持てるようになってきました。
 
 そして、ついに演奏会の時間がやってきました。前半にはトランペット、ピアノ、フルートのそれぞれソロの演奏があり、休憩を挟んで私の出番だったのですが、その休憩時間にニコラスが楽屋にやって来て私の緊張を解いてくれました。
 とは言えども実際に演奏となると、リハーサル程ではないもののやはり異様な緊張感に体が満たされるようになりました。
 シュトックハウゼンが自分自身の作品を演奏する場合はほとんど例外無しにマイクを通して、彼がミキサーでヴォリュームや細かな音質をコントロールし、私の演奏でもワイヤレスマイクをつけて演奏した訳ですが、私が舞台に出て暫くするとモニタからかすかなサーというノイズが聞こえてきて(このノイズはお客さんには全く聞こえていません)、それがシュトックハウゼンの作品を演奏しているという妙な実感を起こさせました。
 このかすかなノイズ自体は演奏を始めるとほとんど感知しなくなるのですが、次に実感したのがシュトックハウゼン自体の存在です。
 一般的に演奏会本番時の客席は真っ暗なものなのですが、先にも述べた通りシュトックハウゼンが客席中央のミキサーに座っていてミキサーの部分だけ仄かに灯りがついているのでステージからみると暗闇の中にシュトックハウゼンの姿がおぼろげに見えるのです。
 これはステージに立たないと絶対に見られない眺めなので貴重な体験をしたとも言えますが、暗闇に浮かぶシュトックハウゼンの姿を見た時にはさすがにぞくっとしました。
 演奏を始めて最初の2、3分は若干の緊張感があったのですが、演奏を始めて少したった時点でで子供の笑い声が聞こえて来ました。それを聴いて、この「ティアクライス」は緊張させる音楽ではなく、楽しませる音楽なのだということを身をもって思い出し、そこから先は演奏している自分自身も心から楽しめる程くつろいでいる事に気が付きました。
 リハーサルから本番の間に少し変えたところもあるので、その部分は当然ぶっつけ本番ということになりますが、短い準備期間の割にはまずまず納得できる演奏内容ではあったと我ながら思いました。
 驚くべき出来事が起こったのは演奏後です。
 エンディングの部分も当日のリハーサルから変更したぶっつけ本番の部分だったのですが、そこも無事にクリアーして演奏を終了しほっとしていると、拍手が鳴り始めました。始めの内はいわゆる一般的なカーテンコールの雰囲気だったのですが、なぜかいつまでたっても拍手が鳴り止まないのです。それどころかどんどん拍手が盛り上がってくるし、ブラヴォーなどとかなりの大声に叫んでいる人達までいるのです。
 少なくとも私が自分の演奏で体験した中ではもっとも熱烈な反応だったのではないかと思います。嬉しい反面、この異様に盛り上がった雰囲気が自分では今一つ実感できないまま、楽屋に戻り、とにかく演奏は失敗しなかったんだ、ということだけを確信しました。
 
 演奏会全体も滞りなく終わり楽屋から出ると、いきなりマルクス(・シュトックハウゼン)やスージーが私のところにやって来て、素晴らしいとか、おめでとう、とかとにかく絶賛しまくっているのです。そうこうしていると、シュトックハウゼン自身もカティンカ(・パスフェーア)と一緒にやって来て、音程が多少悪い部分もあったけど、そのことはどうだっていいよ、という感じで、私の演奏とヴァージョンに対して、全く想定外の非常に高い評価を得る事が出来ました。
 そのときになって始めて、私の演奏は作曲者自身を含めたすべての聴衆に、ものすごいインパクトを与えたのだ、ということに気が付きました。

 その次の日からは本当に大変でした。
 とにかくありとあらゆる人から「昨晩の演奏は良かったよ」というような感じで話し掛けられたり握手を求められたりで、突然「局地的な」有名人になってしまったのです。
 
 そして、さらに驚くべき事が講習会の最終日に起こりました。
 閉講式も終わり、打ち上げパーティーが始まるまで少し時間があるのでちょっとゆっくりとしていると、スージーがやって来て、シュトックハウゼンがあなたに話したい事があるので彼のところへ来てくれ、というのです。何だか事情が分からないままシュトックハウゼンの所へ行くと、改めてシュトックハウゼンは私に演奏についての感想を話し、私の星座が何座なのか、と尋ねて来たのです。双子座です、と答えると、すぐに(ティアクライスの)双子座のオルゴールを用意して演奏の記念品としてプレゼントするから打ち上げパーティーの会場で待つように、と話したのです。
 このオルゴールは各星座につき40個だけ限定生産していて、しかもひとつ数万円するという非常に高価なものなのですが、このオルゴールをプレゼントすると言ってきたのです。
 この心配りに非常に感激したのですが、さらに驚くべき事が起きました。
 その後、打ち上げパーティーで談笑していると、シュトックハウゼンがオルゴールの箱を持って私の座っている席の方へ向かってきました。私はシュトックハウゼンのいる方へ行こうとしたのですが、シュトックハウゼンはそこにいろと合図しています。
 言われるがままに自分の席で待っているとシュトックハウゼンが私のいるところまでわざわざやってきて、オルゴールの箱を開けてオルゴールに丁寧なメッセージとサインを書いて私に贈呈してくれたのです。
 「ティアクライス」を演奏して、この曲のオリジナルともいえるオルゴールを作曲者からプレゼントされる、というこれ以上の栄誉がどこにあるでしょうか?
 特に日本の一部の人からはシュトックハウゼンは誇大妄想だの、傲慢だのと悪口を言いたい放題言われていますが、ここまで心配りが出来て「粋な」センスも持ち合わせている人物がなぜこんなに悪く言われるのか不思議でなりませんでした。
 もちろんもらった瞬間にオルゴールを鳴らしてみたのですが、スイスのルージュというオルゴールでは有名なメーカーの製品なので、本当に素晴らしい音色で改めて感激しました。
 いろんな人に自慢しまくったのはもちろん言うまでもありません(笑)。
 そして、もちろんこのオルゴールは私にとって一生の宝物となるでしょう。
 
 今回の演奏に関して、本当に色々な人に色々な面から協力していただきました。(その中の多くの人達は日本語が理解できないし、そもそもこの日本語のページを正しく表示できないかと思いますが)この場を借りて篤くお礼を申し上げます。続きを読む

感謝のLINK
私の演奏に関するレポート
2002.4.4.
Ingvar Loco Nordin氏のレポート
(写真もあります。英語)
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山下修司氏のレポート
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